映画『乱』の概要:黒澤明が自身をモデルにしたと公言する、後年の代表作。シェイクスピアの悲劇『リア王』をベースにした教訓的作品であり、26億という莫大な資金をかけて制作された。『影武者』に次ぎ、膨大な人馬を用いた映像は圧巻である。
映画『乱』の作品情報
上映時間:162分
ジャンル:時代劇、ヒューマンドラマ
監督:黒澤明
キャスト:仲代達矢、寺尾聰、根津甚八、隆大介 etc
映画『乱』の登場人物(キャスト)
- 一文字秀虎(仲代達矢)
- 一文字家の家督を息子に譲ったことから、居城を追われることになる。非道な行いを繰り返してきたため、数多の人から恨まれている。
- 一文字太郎孝虎(寺尾聰)
- 秀虎の長男。秀虎から頭領の座を譲り受け、やがて秀虎を追放する。
- 一文字次郎正虎(根津甚八)
- 秀虎の次男。兄の正妻であった楓に操られ、自滅してしまう。
- 一文字三郎直虎(隆大介)
- 秀虎の三男。取り繕うことができない正直者。秀虎を心から敬い、守ろうとする。
- 楓(原田美枝子)
- 太郎の正妻。かつて親兄弟を秀虎に殺され、一文字家に強い恨みを抱く。太郎亡き後は、次郎の正妻に登り詰めようと、末の殺害を企む。貪欲で恐ろしい女。
- 末の方(宮崎美子)
- 次郎の正妻。仏を信じ、恨みを捨てる。最後は暗殺されてしまう。
- 鶴丸(野村武司)
- 末の弟。秀虎に目を潰されてしまい、ひっそりと暮らしながらもひどく恨んでいる。
- 鉄(井川比佐志)
- 次郎の側近。楓にそそのかされる次郎に忠告する。最後は楓の首を切る。
- 狂阿弥(ピーター)
- 小さい頃から秀虎に仕えるお伽衆。道化のようにふざけては、その場を賑わせようとする。
- 丹後(油井昌由樹)
- 秀虎の側近。秀虎に忠誠を誓い、追放されてもなお手助けする。
- 生駒(加藤和夫)
- 秀虎の側近でありながら、楓を手伝って一の城から秀虎を追い出す。
- 小倉(松井範雄)
- 太郎の側近。太郎を裏切り、君主暗殺の手助けをする。
- 藤巻(植木等)
- 隣国の頭領。三郎を気に入り、娘婿に迎え入れる。
映画『乱』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『乱』のあらすじ【起】
狩りの後の和やかな席で、一文字秀虎は突然の隠居を発表する。三人の息子にそれぞれの居城を与え、自分はその客人として余生を謳歌するという。家督を譲り受けた太郎、次郎が父を煽て、決心を固めるなか、三郎だけは本音を隠さない。秀虎が退けば、兄弟は協力などせず、血を見る争いを始めるだろうと訴える。憤った秀虎は、同じく秀虎に異を唱える側近・丹後もろとも追放してしまう。一部始終を見ていた隣国の頭領・藤巻は、そんな三郎の行動を買って、娘婿として迎え入れる。
頭領となった太郎は、正妻である楓の進言に従ううちに、やがて秀虎と対立してゆく。楓には、秀虎に対する強い恨みがあった。一文字家の馬印、さらには大殿の格式すら奪われた秀虎は、楓の息のかかった側近・生駒の働きもあって、一の城を去る。
一方、太郎の手紙により秀虎の動向を知った次郎は、父の来訪を煙たがる。太郎もまた、頭領の座を狙って企んでいたのだ。
映画『乱』のあらすじ【承】
秀虎は郎党たちを連れ、次郎のいる二の城へやってくる。秀虎が真っ先に向かったのは、楓と同じく肉親と城を秀虎に奪われた、次郎の正妻・末のところであった。仏を信じ、決して秀虎を憎もうとしない彼女に、秀虎は心を痛める。そんな中、次郎は秀虎の郎党たちを追い出そうとする。またしても息子の裏切りに絶望した秀虎は、二の城を後にする。
行く当てのなくなった秀虎とその一行の元へ、見兼ねた丹後が食糧を届けにくる。丹後は、藤巻領にいる三郎に助けを求めるよう秀虎を促すが、秀虎は三郎に会わせる顔がない。結局、生駒にそそのかされ、秀虎は太郎の側近・小倉のいる三の城へと向かう。
秀虎が三の城で目覚めると、そこは戦場であった。小倉と生駒に謀られたと気づいた時にはすでに遅く、太郎と次郎の軍勢が押し寄せていた。秀虎が早々と戦意喪失するなか、太郎が討ち取られる。次郎の側近・鉄が仕組んだことであった。
心神喪失となった秀虎は、亡霊のように闊歩して敵前に赴く。その異様な姿に、兵はおろか次郎さえ手を出すことができない。秀虎は運良く見逃され、戦地を後にする。
映画『乱』のあらすじ【転】
気が狂った秀虎を、丹後と狂阿弥が発見する。秀虎を看病するため、途中の人家に立ち寄るが、そこに住んでいたのは末の弟・鶴丸であった。かつて鶴丸は命と引き換えに、秀虎に目を潰されて失明していたのだ。過去の業に苛まれた秀虎は、家を飛び出してしまう。
次郎は楓に、太郎の戦死を報告する。だが真実を見抜いていた楓は、次郎に短刀を突きつけると、自分を正室にするよう迫ったうえ、末の暗殺を持ちかける。一方、楓に不信感を抱く鉄は、命に背いて末を助け、代わりに狐の石像の首を包んで楓に差しだす。助けられた末は、鶴丸と共に三の城へと向かう。
丹後は三郎に助けを求めるため、藤巻領へと向かう。残った狂阿弥は、秀虎の世話係にうんざりして逃げ出そうとするも、秀虎への情を捨てきれず留まる。そこへ、末と鶴丸がやってくる。彼らの姿を見た秀虎は、またしても恐ろしさのあまり逃げだしてしまう。
映画『乱』の結末・ラスト(ネタバレ)
丹後の報せを受け、三郎は父を引き取るため軍を出す。国境に藤巻と綾部の軍を見た次郎は、鉄の助言を無視し、楓にそそのかされるままに戦を決意する。
狂阿弥から秀虎を見失ったとの報告を受け、三郎が動きだす。それに乗じて、秀虎を討ち取ろうとする次郎を、鉄は制止しようとする。楓の言いなりであると言い当てられるが、次郎は聞く耳を持たない。三郎によって見つけられた秀虎は、過ちを謝罪し、三郎に助けられることを望む。
勢いのままに軍を進める次郎だが、囮の軍勢に騙され、一の城に攻め入られてしまう。一方、秀虎の奪還が目的であった三郎の軍は、無駄な戦を避けて引きあげる。
秀虎と三郎が親子の信頼を取り戻し、三の城へ帰る道中、三郎が敵の残党に討たれて死んでしまう。ついに秀虎も力尽き、息を引き取る。そこへ、味方の勝利の報せが入る。絶望のあまり、狂阿弥は神や仏へ怒りをぶつけるが、神や仏こそ人の世を嘆き泣いているのだと丹後は叱る。
一の城へと退却した太郎の軍の元に、末の首が届く。一文字家が滅びるよう裏で操っていた楓は、鉄に首を切られる。
帰らぬ末を待ち、鶴丸は三の城の跡に佇む。彼が手を滑らせて落とした絵巻には、後光に照らされた仏が美しく描かれている。
映画『乱』の感想・評価・レビュー
対照的な楓と末の描き方が、本作の肝であろう。人間らしく最後まで憎み続けた楓と、煩悩を捨て菩薩となった末は、ともに悲劇の死を迎える。盲目の鶴丸は、仏が描かれた絵巻を落とし、もう拾うことができない。まるで人の世を救おうとも術をなくした、神や仏の体現のようだ。
繰り返してはいけない過ちを諭す教科書のような印象を受けた。無常の世を写し、天からの視点を与える空模様のインサートがくどいように思えたが、それも含めて「教訓」なのだろう。(MIHOシネマ編集部)
一文字秀虎は、息子に家徳を譲ることを宣言。しかし、自身の安泰な余生と、次世代への期待、そのすべてを裏切られ、秀虎は一の城から追放、更に息子達は結束どころか、長男の妻である楓の方の企みも手伝って、血みどろの闘争を起こしてしまう。
その有様に絶望し、廃人と成り果てる秀虎。この悲劇の起因はすべて己の行いと知り始める。
人間の争いは、神の悪戯か。それとも人間の性なのか。戦争という凄惨かつ狂気に満ちた時代から見る、悲しい人間ドラマ。(男性 20代)
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