映画『止められるか、俺たちを』のネタバレあらすじ結末と感想 | MIHOシネマ

「止められるか、俺たちを」のネタバレあらすじ結末と感想

止められるか、俺たちをの概要:故・若松孝二監督が率いた若松プロダクションの1960年代末期~1970年代前半にかけての人間模様と映画に懸ける情熱を描く。監督は実際に若松プロで助監督を務めていたことのある白石和彌監督。

止められるか、俺たちをの作品情報

止められるか、俺たちを

製作年:2018年
上映時間:119分
ジャンル:ヒューマンドラマ、青春
監督:白石和彌
キャスト:門脇麦、井浦新、山本浩司、岡部尚 etc

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止められるか、俺たちをの登場人物(キャスト)

吉積めぐみ(門脇麦)
若松プロダクションの女助監督。若干21歳で若松プロに入門する。
若松孝二(井浦新)
若松プロダクション創設者であり、映画監督。ピンク映画の旗手として映画作りに邁進。
足立正生(山本浩司)
若松プロで監督および脚本を務める。若松プロきっての理論派。
秋山道男(タモト清嵐)
通称オバケ。若松プロの助監督兼役者。吉積めぐみを若松プロに誘う。歌とギターが得意でポスター制作なども手掛けるマルチな才能の持ち主。
小水一男(毎熊克哉)
通称ガイラ。若松プロの助監督。基本、現場の仕事は何でもこなす。

止められるか、俺たちをのネタバレあらすじ(ストーリー解説)

映画『止められるか、俺たちを』のストーリー(あらすじ)を結末・ラストまでわかりやすく簡単に解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

止められるか、俺たちをのあらすじ【起】

1969年3月、ひょんなことからフーテン仲間のオバケこと秋山道夫に誘われて、ピンク映画のスタッフや役者を探しているという若松プロダクションを訪れる。そこには当時、新進気鋭の監督であった足立正生や脚本家の沖島勲、助監督のガイラこと小水一男らがいた。

若松プロダクションの主宰者であり、監督の若松孝二はめぐみの入門を認めると「うちは給料はないからな。3年我慢したら監督にしてやる」とめぐみに告げる。

1969年4月、助監督としてめぐみは現場を駆けずり回る。初めて経験するピンク映画の撮影現場でがむしゃらに仕事をこなし、ときには役者として出演するなど多忙な日々を過ごしていた。

映画の撮影中、監督である若松に「バカヤロー、俺の視界から消えろ!」と怒鳴られ、現場から外されることもあったが、そんな彼女を先輩助監督の大和屋竺らが励ますのであった。

そして、めぐみが初めて参加した作品『処女ゲバゲバ』が完成。初号試写も好評で上々の滑り出しを見せる。

止められるか、俺たちをのあらすじ【承】

若松に連れられ、めぐみは新宿ゴールデン街へ飲みに行く。若松にお前は世間に対する怒りはないのか、と聞かれ、答えに窮するめぐみ。そんなめぐみの前で若松は「俺は映画界もクソみたいな世界も全部ぶっ壊したいよ」と熱い心情を吐露する。

すると、隣で飲んでいた売れっ子漫画家の赤塚不二夫が同調し、二人は飲み屋の二階の窓から放尿し始めた。

またあるとき、めぐみは大島渚や若松プロの先輩連中と飲み屋で映画談議の席に参加することになる。映画表現の自由などを熱く語る彼らを目に前にめぐみは話についていくのに精いっぱいで、帰り際、オバケに「自分には撮りたいものも興味があるものもない」と愚痴をこぼす。すると、オバケは「俺も同じだ」と答えるのであった。

若松プロの事務所に大学生で監督志望の福間健二と撮影志望の高間賢治が脚本を持ち込んできた。そんな二人に若松と足立は指導をし、彼らを使ってみることにする。

数日後、福間が脚本を書いた『女学生ゲリラ』の撮影現場で高間は助監督をしていたが、ミスをした高間は「視界に入るな」と若松に現場から追い出される。そんな高間を見ためぐみは「そのうち慣れるから」と励ますのであった。

止められるか、俺たちをのあらすじ【転】

1970年、オバケが、更には小水が相次いで若松プロを辞めてしまい、めぐみはチーフ助監督へと昇進する。時を同じくして、めぐみは若松プロの同僚である高間と成り行きから一夜を共にするのであった。

チーフ助監督として初の作品『秘花』の試写会に雑誌編集者で若松の作品をこき下ろした荒井晴彦がやって来た。足立正生は荒井に一緒に映画を撮らないか、とアプローチし、荒井は足立の作品を手伝うことに決める。

1971年3月、荒井の恋人である篠原美枝子と意気投合しためぐみは、彼女と同居を開始する。

その頃、若松は連れ込み旅館で流す30分程度の短編ポルノを撮る計画をめぐみや足立、そして荒井に持ちかける。すると、足立はめぐみに脚本を書いて監督をしてくれと告げる。めぐみは徹夜で脚本を書き上げ、初めての監督作品を作り上げるが納得のいく作品には仕上げることができなかった。

案の定、初号試写での若松の反応は芳しくなく「お前ウチきて何年だ?」と言われ、めぐみは落ち込む。

止められるか、俺たちをの結末・ラスト(ネタバレ)

1971年5月、カンヌに招待された若松はその帰りにテレビ局へ映像素材を売るためにパレスチナ・ゲリラの様子を撮ろうと計画していた。若松はめぐみらに留守を任せ、足立と共にカンヌへと旅立って行った。

若松が不在の間、めぐみは若松プロの仲間たちと酒を酌み交わし、束の間のときを屋上で過ごす。参加者の中には若松プロを去ったオバケやガイラの姿もあった。

数日後、若松らがパレスチナから帰って来ると、映像をテレビ局に売るのはやめ、映画にすると言い出す。現地で出会ったゲリラたちはヨルダンの攻撃に遭い、全員処刑されてしまったのだ。そんな彼らのために『赤軍-PFLP 世界戦争宣言』という映画を作り、バスで全国を回ってゲリラ上映するという。そんな折、めぐみは高間の子を身籠っていることが判明する。

1971年9月、めぐみは実枝子の不在時に自宅でウィスキーと睡眠薬を飲む。そして、めぐみが二度と目を覚ますことはなかった。

めぐみの死にショックを受ける若松。若松プロは『赤軍-PFLP 世界戦争宣言』の全国巡業に向かおうとしていた。事務所にはめぐみの写真が飾られていた。「バカッタレ」と呟いた若松はプロデューサーに電話をかける。するとこう言うのだった。

「街中爆弾でバンバン爆破する映画作ります。内ゲバの話で主人公テロリストです。はい、世の中全部ぶち壊してやろうと思って」

止められるか、俺たちをの感想・評価・レビュー

1969年から始まるこの作品は当時の若者たちの熱気や昭和の匂いをスクリーンの隅々から感じさせてくれる。ピンク映画を媒介として時代をぶち壊そうとするその意気やよしどころの騒ぎではない熱量にまさしく圧倒される。

当時、女性助監督として若松プロで奮闘していた吉積めぐみの視点から作品を描いた点も青春映画として成功している所以ではなかろうか。エンド・クレジットが流れ、曽我部恵一の「なんだっけ?」が流れる中、映し出される当時の写真の数々に思わず落涙してしまった。(MIHOシネマ編集部)

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