映画『トゥルーマン・ショー』の概要:『トゥルーマン・ショー』は、ある男の生活をテレビ番組として24時間生中継で放送するという異色の設定のヒューマンドラマ。主演はジム・キャリー、監督はピーター・ウィアー。
映画『トゥルーマン・ショー』 作品情報
- 製作年:1998年
- 上映時間:103分
- ジャンル:コメディ、ヒューマンドラマ
- 監督:ピーター・ウィアー
- キャスト:ジム・キャリー、エド・ハリス、ローラ・リニー、ノア・エメリッヒ etc
映画『トゥルーマン・ショー』 評価
- 点数:90点/100点
- オススメ度:★★★★☆
- ストーリー:★★★★★
- キャスト起用:★★★★★
- 映像技術:★★★★★
- 演出:★★★★★
- 設定:★★★★★
[miho21]
映画『トゥルーマン・ショー』 あらすじネタバレ(ストーリー解説)
映画『トゥルーマン・ショー』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む
映画『トゥルーマン・ショー』 あらすじ【起・承】
離島の町シーヘブンで暮らすサラリーマンのトゥルーマンは毎日同じ生活を繰り返す日々。小さい頃から海の向こうへ行くことを夢見ているが、昔海で父が死ぬのを目の当たりにして水恐怖症となってそれもかなわない。
ある日通勤途中に死んだはずの父とすれ違う。しかしまるで再会を邪魔するかのように周囲の人々や車に阻まれ、父であると確認することができなかった。
学生時代、トゥルーマンはローレンという女の子と恋に落ちた。しかしローレンはいつも何かに追われているかのようで、2人きりになると周囲を気にしていた。
2人が思いを確かめ合った日、ローレンは自分の名前が本当はシルビアであり、トゥルーマンは偽りの世界で常に監視されていると話す。トゥルーマンが困惑している間にローレンは誰かに連れ去られ、それきりとなってしまった。
朝の出来事でシルビアの話を思い出し、どうやら自分の周辺がおかしいと疑い始める。
トゥルーマンはシルビアがいるフィジー島に旅に出ることを家族に告げるが、妻も母も反対する。
トゥルーマンの生活は、24時間島中の監視カメラで生中継され、全世界で放送されていた。生まれたときから人々はトゥルーマンを観続けていたのだ。親、妻、友人、そして島中の人々はみな番組のための俳優で、トゥルーマンの周りは全てが作られたものだった。
映画『トゥルーマン・ショー』 結末・ラスト(ネタバレ)
トゥルーマンは妻や友人が日常のやり取りの中で不自然に商品の説明を挟んでくることに疑問を感じる。また、結婚写真で妻のメリルが指をクロスさせている(災厄が降りかからないように祈る)ことに気付き、不信感を募らせる。
ある日メリルを連れて逃亡しようとするが、渋滞が起こったり事故が起こったり、都合よく道を塞がれてしまう。
トゥルーマンはいよいよ町のおかしさに気付き、誰にも告げずにある計画を実行する。
番組ディレクターは眠っているトゥルーマンの映像を流していたが、異変に気付く。トゥルーマンの友人役の俳優に確認に行かせると、いびきをかいていたのは囮の人形だった。番組はトゥルーマンを見失ってしまったのだ。
プロデューサーのクリストフは慌てて島中のキャストを総動員させてトゥルーマンを捜索する。すると、彼が海にいることが分かる。
クリストフはトゥルーマンを引き返させるために天候を悪化させ、嵐を起こした。しかしトゥルーマンは島を囲う巨大なセットの端に行き着いてしまう。果てしなく続いていると思えた海は、空の模様が描かれた壁に覆われていた。
壁のドアから外に出ようとするトゥルーマンに、クリストフは語り掛ける。「自分は君が生まれたときから全て知っている。君がどんな人間であるかもわかっている」と。クリストフは、作られた安全な世界からトゥルーマンが出ていくわけがないと考えていた。
しかし、トゥルーマンはドアの向こうへと一歩を踏み出した。
テレビを観ていた人々はそんなトゥルーマンの姿に拍手喝采を送るのだった。
映画『トゥルーマン・ショー』 感想・評価・レビュー(ネタバレ)
映画『トゥルーマン・ショー』について、感想・レビュー・解説・考察です。※ネタバレ含む
フィクションに対するアンチテーゼ
何もかもが作り物の、世間から切り離された島の中で、1人の男「トゥルーマン」の人生を毎日24時間放送し続ける。メタ構造の斬新な設定で面白い。
作り物に飽き飽きした人々が求めたのがこの「トゥルーマン・ショー」なわけだが、この映画を観ている私たちからしたらそれもフィクション。しかし、観終わったあとふと、自分の生活も誰かに見られていたら……と考えてしまう。ジム・キャリーが演じた「トゥルーマン」は、他の世界中の誰であっても不思議ではない。入れ子構造の深みにはまり、考え出すと少し怖くなる。
何が起こるかわからないからおもしろい
周囲を作り物で固められたトゥルーマンの生活を放送する番組は、元々フィクションに飽きた人々を楽しませることを目的として作られたのだろう。確かに、偽物の中にあってもトゥルーマンは本物である。
だが、作られた世界にいるトゥルーマンの生活にリアリティはあるだろうか?毎日判を押したように同じ生活を繰り返し、番組ディレクターも彼の生活を観続けてきたことで、何が起こって何が起こり得ないかは予測できる。
その結果が、あのラストでのクリストフの驕りだった。クリストフはトゥルーマンが外に出ていくわけがないと高をくくっていた。彼の人生を監視し続けてきたことで「知った気になっていた」。
ところが、トゥルーマンはクリストフの予想に反して外の世界へ飛び出していく。クリストフは驚いた。だが、世界中の視聴者たちは拍手喝采を送る。彼らはこれを待ち望んでいたのである。予定調和の中を生きる人物を観ていても、それはフィクションの映画と同じだ。結局番組が作り上げたものはフィクションの域を出ず、トゥルーマン自身がその一歩を踏み出していったのである。
もし自分の人生が全部ニセモノで、世界中に見せ物にされていたら?というありそうでなかったストーリーをコメディとしてさっぱり仕上げてあって、一度観たら忘れられない面白さがある。
笑える部分だけでは無くて、情報として全てが管理されるという現代社会の問題とも似ているテーマを扱っているところも、この映画が今でも身近に感じる理由かもしれない。SFという枠なのに、どこか現実味もある親近感がとても好意的で何度も観たくなる秀作だ。(女性 20代)
結末まで見るとものすごく胸が悪くなる物語。主人公側に共感して見ると、精神が崩壊してもおかしくはない。自分が本物だと思っていた人生が、他人の娯楽のための虚構に過ぎなかったのだ。まるで、古代ローマの娯楽のために戦い殺し合いがなされたコロシアムのようだ。
自分勝手に期待し、愛している気になって、主人公の一喜一憂を見守っている狂気。でも、「自分は?」と考えると自分も映画を見て、虚構を楽しんでいる加害者の一人なのだ。そんな頭がこんがらがることを考えさせてくれる作品だ。(男性 30代)
ジム・キャリーはとんでもない変人かとても普通の人を演じるのに長けていると感じさせる作品です。
あらすじを読んだ時はかなりシリアスな映画かと思いましたが、予想より観やすいです。手をかざしただけで止まる車、舞台裏で化粧を直す人々、いきなりCMのように商品について喋り始める奥さんなどがコメディタッチに描かれています。ただ、どこからどこまでが虚構の世界なのか、皮肉がきいていて考えさせられる作品です。(女性 30代)
怖い。この一言に尽きる。
初めは観ていて意味が分からなかったのが、主人公の置かれている状況を理解するにつれてもはやホラーとしか思えなくなってしまった。
ラストもなんだか感動的な感じで終わっているが、個人的には主人公のこの先が気がかりで手放しで喜べなかった。というか喜んでいる人たちも含めて怖い。最初から最後まで違和感が拭えない映画だった。
ただ、ラストで主人公が言い放った、「頭の中までカメラは回ってない」という言葉にはひどくハッとさせられた。(女性 30代)
箱庭好きにはたまらない一本。ジム・キャリーの魅力も存分に発揮されている。カジュアルに観れば設定含めとても面白い。が、よく考えると四六時中監視されるどころか晒し者にされ、結婚相手すらあてがわれた相手だったとなるとホラーでしかない。もっともこれがコメディや心温まるドラマではなく風刺を目指していたのであれば見事な設定といえるかもしれない。
いずれにしても最後に閉ざされた世界から自分でドアを開けて出て行く主人公の姿には救いがある。安心して楽しく観て正解。(男性 40代)
映画『トゥルーマン・ショー』 まとめ
メタフィクションをテーマにした作品は他にもあるが、この作品はとにかく何もかもが上手い。細部までこだわっているのがわかる。
見られるトゥルーマン、作り手のクリストフやスタッフ、そして全世界の視聴者。大まかに分ければ立場はこの3つ。作り手たちは本物を世に伝えようと真剣に番組作りをし、トゥルーマンを見守り続けた。最後の最後にトゥルーマン自身の思いもよらない行動で世界は湧き立ち、初めて本物を見せるが、その喜びも一瞬のうちに終わってしまう。何十年もかけて作ってきたこの番組は、視聴者にとってはやはり「フィクション」であったのだ。最後の最後にとんでもない皮肉がきいていて、考えれば考えるほど面白い。
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