「劔岳 点の記」のネタバレあらすじ結末と感想。動画フルを無料視聴できる配信は?

劔岳 点の記の概要:原作は新田次郎の小説。明治時代末期、実際に飛騨山脈(北アルプス)の立山連峰で行われた山岳測量プロジェクトに信念と勇気を持って取り組んだ男たちを描く。日本地図完成の実話に挑んだ日本を代表する名カメラマン、木村大作監督作品。

劔岳 点の記の作品情報

劔岳 点の記

製作年:2008年
上映時間:139分
ジャンル:ヒューマンドラマ
監督:木村大作
キャスト:浅野忠信、香川照之、松田龍平、モロ師岡 etc

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劔岳 点の記の登場人物(キャスト)

柴崎芳太郎(浅野忠信)
山形県大石田町出身の測量手。厳しい教育を受け、剱岳測量を命じられた。言葉数は少ないが、誰より仲間を重んじる男。
宇治長次郎(香川照之)
小さい時から山仕事に励み、山と一緒に生きてきた男。古田が紹介した山案内人。柴咲と新しい道を切り開こうと、一緒に奮闘する。
生田信(松田龍平)
静岡県出身の測夫。剱岳の初登頂をライバルである日本山岳会に奪われまいとするが、数々の苦難を超えて自然の厳しさや仲間の大切さ・謙虚さの必要性を学んでいく。
木山竹吉(モロ師岡)
鳥取県出身。経験豊富なベテランの測夫。測量隊の精神的な支えとなる存在。
大久保徳明(笹野高史)
陸地測量部長。陸軍の威信にかけて「剱岳初登頂」という命令を下した人物。
柴崎葉津よ(宮崎あおい)
測量隊を率いる柴崎の妻。命をかけて地図を作る夫を敬い、陰ながらに支える存在。
古田盛作(役所広司)
元陸地測量部測量手。「二等三角點ノ記」著者。かつて剱岳の登頂を試みたが断念した経験を持つ。柴崎に山案内の長次郎を紹介した人物。
小島烏水(仲村トオル)
ヨーロッパ製の登山装備と合理的な姿勢で剱岳初登頂を目指し、日本山岳会を率いる男。柴崎たちに挑発的な態度を取って牽制しつつも、健気な姿勢で任務を全うしようとする測量隊の姿に胸打たれる。

劔岳 点の記のネタバレあらすじ(ストーリー解説)

映画『劔岳 点の記』のストーリー(あらすじ)を結末・ラストまでわかりやすく簡単に解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

劔岳 点の記のあらすじ【起】

地図を作るときに基準となる場所に埋められた標石を三角点といい、「点の記」とはそれを記録した日記である。三角点の距離・方位・高さを測量することで、正確な地図を作ることができる。地図を作ることに命をかけた測量士が先頭に立ち、道を開いたことで現在約10万6000箇所設置されている。

明治39年、日露戦争で勝利した日本だが、国防のためより詳細な日本地図の完成を目指していた。そのために必要な三角点を設置するべく、陸地測量部・測量手の柴咲は最後の空白地点と呼ばれる「越中劔岳」の登頂を命じられた。その頃、一般市民で結成された「日本山岳会」という会合の活躍が目立っていたことから、先を越されることは断固許されず、加えて「初登頂」という至上命令も下された。

柴崎は「死者の山」とも呼ばれる劔岳の登頂に向けて、アドバイスを乞うため先輩である古田の元を訪れた。生半可な覚悟ではないと確信した古田は、自身が信用する地元の山案内人・長次郎を紹介した。

長次郎と柴崎は富山駅で初対面を果たす。古田が信頼を寄せる長次郎の人柄の良さに安堵する柴崎。長次郎は自宅へ招き、劔岳は立山連峰の中でも最も高く、ある程度の下見が必要であることを伝える。柴崎の真っ直ぐな熱意を感じた長次郎は、自身が書き留めた山のスケッチを柴崎に差し出す。翌日、長次郎の紹介で芦峅寺の総代・佐伯永丸へ挨拶をした。そして、人材の手配はできずとも資材の手配をできる限り協力してもらう約束を取り付けた。

劔岳 点の記のあらすじ【承】

翌日、自分たちの上るべき劔岳を確認するため、下見へ向かった柴崎と長次郎。道中、柴崎の故郷・山形にもあるムシカリという実を発見した。些細な会話から交流を深めた二人は、山にテントを張り一泊することに。山と一緒に生きてきたという長次郎は、「こけ汁」を柴崎に振る舞った。翌朝、富士山を眺めながら長次郎は3つの登頂ルート案を提案した。いずれにしても頂上の手前はほとんど垂直であり、絶望的に厳しい道である。道中、二人は念仏を唱え修行中の行者を見かける。長次郎は行者に対して、手を合わせお辞儀し敬意を示した。その日も二人はテントで一泊を過ごした。柴崎は長次郎の迷惑になっているのではないかと胸の内を明かすと、「最初に道を作るのは柴崎であるべきだ」と語り、柴崎を奮起させた。

下見7日目。落盤など自然の猛威が二人の前に立ちはだかる。自然の美しさは厳しさの中にしかないと初めて知る柴崎。同時に1年後の測量がどうなるのか不安が頭をよぎった。そんな中、日本山岳会の小島と岡野と遭遇する。お互いの状況を探り合いながら初めての会話を交わした。小島はスウェーデン製のテントなど、使用している西洋の最新の道具を柴崎に説明して見せた。そんな小島に「劔岳を登るのは危険な遊び」だと柴崎が忠告すると、「必ず先に登ってみせる」とライバル心溢れる返答で小島は柴崎を威嚇した。

山岳会の二人と別れ、再び山に挑む柴崎と長次郎。冬の訪れは予想していたよりも早く、劔岳の登り口を発見できないまま、下見を断念し下山を強いられた。下山中、再度行者を見かけ、長次郎は一緒に下山したいと言う。行者は「雪を背負って登り、雪を背負って降りよ」と修行僧に言い伝えられる言葉を二人に与え、倒れてしまった。柴崎は行者を背負い下山することにした。無事に、下山した二人は翌年の4月にまた会うことを約束し、柴崎は東京へと戻った。

陸地測量本部では柴崎の曖昧な報告書に対して叱咤した。それは記者たちが、先に劔岳に登るのは陸軍なのか山岳会なのかと騒ぎ立てていることが原因となっていた。地図を作るのが仕事である柴崎に対して、本部は改めて厳命する。そんな環境に困惑した柴崎は古田の助言を求めに行く。「山が隙をみせる瞬間を狙え」というアドバイスを古田は与えたのだった。

翌年4月、桜が満開の中柴崎の元へ測量隊の隊員が集まった。経験豊富な木山と、山岳会には負けないと血気盛んな生田。二人を連れて再度富山へ向かった。

劔岳 点の記のあらすじ【転】

27か所の三角点を建てる登山には、荷物持ちとして現地の人夫3人を連れることとなった。山へ向かおうとする長次郎の前に息子・幸助が現れる。登頂を止めようとする幸助をよそに長次郎は柴崎の前を歩き始めた。

4月といっても山には雪が残り、吹雪が測量隊を襲う。里とは全く異なる天候の厳しさにひれ伏しそうになりながら、自然に生かされていることを痛感する柴崎。今まで人を拒み続けた劔岳の入り口をどうやって探すのか、模索し続ける。測量3日目、沢にそって劔岳の尾根を探ることを提案する長次郎。地元出身で地理に詳しい鶴次郎を案内役に指名して、生田と3人、下見に向かった。突然、雪崩に襲われ生田は雪に埋もれてしまう。何とか全員は無事だったものの、命がけで手伝ってくれる人夫を労う柴崎。そんな和やかな雰囲気に対して、雪の影響で測量できないなど次々と試練が測量隊に襲い掛かった。

一方で、山岳会が登頂のために富山県へ到着した。待ち構えていた記者は、小島を煽るかのように取材をする。「勝算があるから来ている」と対応した小島の表情には何とも言えない余裕があった。

新たに目標地へと向かう前に人夫の安全を重視した柴崎は、立山温泉で道標を作りテントを用意しておいてほしいと頼む。柴崎・長次郎・幾多の3人は無事に測量を終えたものの、猛烈な吹雪に巻き込まれ頼りとなる足跡を見失ってしまう。長次郎に強く当たる生田に対して、「誰が一番山登りの事を知っているのか」と諭す柴崎。長次郎は雷鳥の鳴き声を聞き分け、方角を判断しテントまで二人を案内したのだった。テントを吹き飛ばすほどの雨風をなんとかしのいだ3人。翌朝、助けに来た人夫のおかげで何とか救出された。これまで血の気溢れる生田だったが、彼が帳簿を大事に抱きかかえしのいだおかげで、これまで測量した情報を残すことができた。

山岳会も劔岳を目指し、登り始めた。途中、焚火の後を見つけ、測量隊は諦めたのだろうと予測した岡野は「我々がやってやろう」と意気込む。少しでも測量隊を出し抜こうとする岡野とは異なり、安全な道を行こうとする小島。自分たちは「登ること」が目的だが、測量隊は「登ってから」が仕事であり、命をかけて地図作りを背負っていることに気づき始めたのだった。

資材の準備が整った測量隊だが、想定外に厳しい「自然」という相手を前に、柴崎は自分が地図を作る意味を考えながら古田に近況報告の手紙を書いていた。

測量隊の仲間のため、先陣を切って自然に挑んだ生田は、足を怪我してしまった。翌日、負傷した生田を立山温泉に残し、測量隊は山へ向かった。その頃、長次郎の息子・幸助が生田のいる立山温泉へ訪れ、父への手紙と差し入れのふかし芋を生田へ託した。怪我の経過がいい方向に落ち着いた生田は、自分を待つ測量隊の元へ追いついた。その腕の中には、古田から柴崎宛の手紙、妻から木山宛の手紙、そして幸助から長次郎宛の手紙と差し入れが握られていた。そして、自身が父親になったことを報告し、測量隊は歓喜の渦に包まれた。

三角点を観測している測量隊のもとに、山岳会が訪れる。自然の厳しさを痛感した小島は、自分たちの山登りは遊びなのかもしないとこぼした。柴崎が「なぜ山に登るのか」と問うと黙ってしまった小島を前に、柴崎は古田からの手紙を思い出した。「地図とは国家のためではなく、生きている人たちのために必要なのだ」という言葉を。その夜、柴崎と長次郎は行者から聞いた「雪を背負って降りよ」という言葉を思い出し、雪を頼るように雪渓を登るルートで頂上を目指すと決めたのだった。

劔岳 点の記の結末・ラスト(ネタバレ)

絶壁に挑む測量隊は、互いをロープで繋ぎ慎重に進んだ。頂上が見えた時、長次郎は柴崎に先頭を譲ろうとする。それは「前人未到」とされる地の第一歩を柴崎に踏んで欲しいという配慮からだった。しかし、柴崎は長次郎を仲間として認めているため、最後まで案内をしてほしいと頼んだ。

明治40年7月13日、測量隊は無謀と言われた劔岳の頂上に到達。懐石ではなく、木の棒に「景 第二十七號 四等三角點」と記して27番目の三角点を建てたのだった。その時、長次郎は岩の間に、修験者が持つ錫杖を見つけてしまう。それは、測量隊よりも先に登頂した者がいたことを証明してしまった。

柴崎は正直に初登頂ではなかった旨を上層部へ伝えた。軍は第一ではないというだけで、功績を一切認めず、否定的評価を下した。さらに、測量隊と山岳会の競争を煽っていた記者は、「初登頂ではなかった測量隊」という見出しで日報を掲載し追い打ちをかけた。のちに、その錫杖は1000年以上も前のものであると露になった。

柴崎は記者から、登山中に出会った行者が亡くなったことを聞く。最期まで柴崎達が劔岳に登れたのかを気にかけていたことも知った。「なにものにもとらわれず、なにものもおそれず、心のままに」という言葉を胸に、測量隊は劔岳の測量を続けていた。

遅れて、8月3日。山岳会も登頂を果たす。柴崎と小島は山の対面で互いを見つけた。小島は「剣岳、初登頂おめでとうございます。この歴史的登頂は、日本登山史に後世まで語り継がれるでしょう。生田信、木山竹吉、宮本金作、岩本鶴次郎、宇治長次郎、柴崎芳太郎。剣岳を開山したのは、あなた方です。ただ地図を作るためだけに、自らの仕事を成し遂げられたことを、心より尊敬します」と手旗信号で栄光を称えた。そして生田も毛嫌いしていたはずの山岳会のメンバーに向かって、「剣岳、登頂成功おめでとうございます。小島烏水と山岳会のみなさんの栄誉を讃えます。あなたたちは、私たちのかけがえのない仲間です」と送り返した。

劔岳 点の記の感想・評価・レビュー

画の美しさに惚れ惚れした一作。カメラマンというフィルター越しの表現を主とする監督ならではの演出は、自然の厳しさも残しつつ、CGなどに頼らないナチュラルさで観るものを惹きつけ続ける。壮絶な雪のシーンを演じきった役者にも拍手を送りたい。
大変男臭い作品であり、「仲間たち」というエンドロールの文言は、劇中同様、人を重んじていてとても印象深いものだった。(MIHOシネマ編集部)

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