映画『マルティニークからの祈り』の概要:2004年10月30日。フランス、オルリー空港である韓国人の平凡な主婦が逮捕された。彼女の罪状は、麻薬の密輸。ただ本人は運んでいるそれが、麻薬とは一切知らなかった。言葉の通じぬ異国の地で逮捕された一人の女性とその家族の約2年間。日数で数えると765日間に及ぶ葛藤と絶望、そして僅かな希望を描いた韓国発渾身のヒューマンドラマ。
映画『マルティニークからの祈り』 作品情報
- 製作年:2013年
- 上映時間:131分
- ジャンル:ヒューマンドラマ、ドキュメンタリー、サスペンス
- 監督:パン・ウンジン
- キャスト:チョン・ドヨン、コ・ス、カン・ジウ、ペ・ソンウ、コリンヌ・マシエロ etc
映画『マルティニークからの祈り』 評価
- 点数:85点/100点
- オススメ度:★★★★☆
- ストーリー:★★★★☆
- キャスト起用:★★★★★
- 映像技術:★★★★☆
- 演出:★★★★☆
- 設定:★★★☆☆
[miho21]
映画『マルティニークからの祈り』 あらすじ(ストーリー解説)
映画『マルティニークからの祈り』のあらすじを紹介します。
韓国人夫婦のジョンヨン(チョン・ドヨン)とジョンべ(コ・ス)は、どこにでもいる平凡な夫婦。可愛い一人娘のヘリン(カン・ジウ)にも恵まれ、自動車の整備工場も立ち上げて幸せな日々を送っていた。そんなある日、ジョンべの学生時代の友人が、二人を訪れます。多額の借金を抱え、友人のジョンべに連帯保証人になって欲しいと、頭を下げに来たのです。大切な友人の願い、彼は借金の保証人に判を押してしまうのです。その数日後、友人は自殺。そこから、夫婦の生活は一転するのです。ジョンべの元に残ったのは、当初聞かされた額より遥かに多い金額の借金。返す金など見つからず、苦労して手に入れた整備工場と幸せだった生活を捨て、家族は細々とした生活を余儀なくされるのです。
借金返済に困ったジョンべは、知り合いのチンピラになんとか出来ないかと、相談をする。チンピラはスーツケースに詰めた“金の原石”となるものを、フランスに運べば大金に変わる仕事を教えた。この場に、ジョンヨンも同席していた。ジョンべは、一度断っている。後日、娘に対して不憫な生活をさせていることを反省し、少しでも家庭を楽にしようと思って、ジョンヨンは娘のため、家族のため、一度会ったチンピラに連絡を取る。“金の原石”となるものを、フランスに運ぶために。ただその“金の原石”とは、いわゆる麻薬だったのだ。その仕事は、ただの運び屋。そうとは知らないジョンヨンは騙されて、単身フランスに飛び立ったのだ。
フランスのオルリー空港。パスポートに入国許可の判を押されたジョンヨンに待ち受けていたのは、麻薬密輸による犯罪での逮捕だった。英語もフランスも話せない彼女は、鞄の中身が麻薬だったことに、ただ驚くばかり。ジョンヨンは、ここで初めて麻薬の運び屋になったことを知るが、それはもう後の祭りだった。言葉も話せず通じないまま、あれよあれよとパリの拘置所に入れられてしまう。フランスにある韓国の大使館はもっと最悪だった。麻薬絡みの犯罪で、韓国人が逮捕されたのは初めてのこと。それは韓国にとっては、恥ずべきこととして、この事件にまったく取り組もうとせず、裁判で使う大事な書類も紛失してしまう始末。そんな真摯に取り組まない大使館の影響もあって、ジョンヨンはパリの拘置所に3ヶ月収監された、状況もまったく知らされないまま、次に収監されたのは、カリブ海に浮かぶ島・マルティーク島のマルティーク刑務所に収監されてしまう。そこはフランス領土の島で麻薬絡みで逮捕された者たちが収監される刑務所だった。そこで彼女を待ち受けていたのは、黒人女性たちによる心無いイジメと暴力の嵐。女刑務所長もまた、心の冷たい人間で、彼女をイジメ抜いた。そんな状況下でも、ジョンヨンは小さな希望は捨てなかった。それは、故郷に残した家族ともう一度会いたいと言う小さな望みが、彼女を支え続けた。ここでも大使館の対応はまったく同じで、調べもせずマルティニーク島には、韓国人は一人もいない上、韓国人通訳者を現地に派遣できないと、協力を拒否。その結果ジョンヨンは、見知らぬ土地で約一年間、刑務所生活を強いられる羽目になってしまった。
マルティニーク刑務所に収監されてから一年が過ぎ、彼女はやっと仮釈放されたが、裁判は一向に開かれることはなかった。その原因は、韓国大使館が裁判での使う重要な書類を送ってないことで、裁判がされずに保留のままだった。一方韓国では、妻ジョンヨンを何とかして助け出そうと、夫ジョンべはあらゆる政府機関に訴え続けたが、どこも取り合おうとはしなかった。そんな彼らの現状を知ったテレビ局のプロデューサーが彼らを取材したいと、申し出た。こうしてテレビで放送されたドキュメンタリー番組『追跡60分』で彼ら夫婦の葛藤や政府の心無い対応が、クローズアップされ、韓国国民に認知されるや否や、やっとジョンヨンの裁判が開かれることに。最初にパリで収監されてから、実に2年の歳月が過ぎていた。
映画『マルティニークからの祈り』 感想・評価・レビュー(ネタバレ)
映画『マルティニークからの祈り』について、感想・レビュー・解説・考察です。※ネタバレ含む
この映画のテーマは『明日は我が身』
本作『マルティニークから祈り』の主人公・ジョンヨンは、確かに無知な女性である。
どこのサイトを覗いてみても、彼女に対する批判をよく目にする。なぜ、運んでいるものが麻薬だと気付けなかったのか?また、自ずと飛び込んで犯した犯罪に、通訳の要請を行おうとし、自分は無実だと主張し続ける彼女が、愚かだと言う意見が多い中、私はそうは思えませんでした。確かに罪は罪。犯した犯罪は、取り返しのつかないことをしてしまったのかも知れませんが、それ以上に彼女の親としての健気な思いやりが、こうした事件に巻き込まれてしまったと思うと、どこか居た堪りません。借金を抱え路頭に迷う寸前の状況の中、少しでも我が子を楽にしてあげたいと思う親は、どこにでも居ます。普通に生活していても、我が子を優先的に想うものでしょう。それは、子を思う優しい母親に起きた悲しい事件。もしかしたら、明日は我が身かも知れません。確かに、理性と知識があれば、このような事件には巻き込まれないとは思いますが、どこに落とし穴があるか分かりません。
あらゆるサイトでも引用されていますが、過去に日本では1992年に『メルボルン事件』と言う卑劣な事件を取り上げましょう。その事件とは、オーストラリアへの日本人観光客を襲いました。経由先の空港でスーツケースを紛失した観光客に、ガイドから別のスーツケースを渡されました。その鞄の中には、大量のヘロインが隠されており、それを知らずにオーストラリアに持ち運んだ男女5人が捕まり、裁判を通して、皆有罪判決を受け、懲役20年の刑に処されたあまりにも不条理な事件です。そのツアー会社が、裏組織と癒着した関係を持った組織ぐるみの犯行だったのでしょう。
まさに、いつ、どこで、私たちを陥れようと、何かが狙っています。明日は我が身かも知れません。私たちは、映画の中の主人公・ジョンヨンを本当に糾弾、批判できるでしょうか?彼女の立場に立った時、初めてこの映画の真意が見えてくるでしょう。
女優チョン・ドヨンと俳優コ・スのW主演
韓国人女優のチョン・ドヨンは2007年に韓国で公開(日本では2008年に公開)された韓国映画『シークレット・サンシャイン』に主演。その年のカンヌ国際映画祭では、その映画で主演女優賞を受賞した韓国を代表する名女優。私は、この作品に触れるまで、彼女の存在はまったく知らなかった。また夫役には、テレビ界、映画界、どちらでも活躍を見せる俳優コ・ス。韓国を代表する彼らの息の合った名演技に、韓国映画を観慣れてない方でも引き込まれるのは、間違いない。また夫婦の子ども・ヘリンを演じるカン・ジウは、韓国では次世代の名子役として呼び声が高い。彼女のデビューは2012年。出演本数を考慮すれば、まだまだ少ないが、演技力は実に素晴らしい。本作での、彼女の泣きのシーンは確実に落とされる。本当に演技力や表現力は豊富な少女だ。
他にも、マルティニーク刑務所の刑務所長にはフランス人女優を起用したり、ポーランド人を出演させたりと、従来の韓国映画とは一線を越す制作陣の意気込みが見えてくる。すべて、オールロケで行われ、韓国映画では初めての海外ロケを敢行。パリの拘置所もマルティニーク刑務所もすべて、本物だ。だからこそ、リアリティのある重厚な作品に仕上がっている。
韓国映画界で初めての試みだった海外オールロケに挑んだ監督は、パン・ウンジン。女優出身の彼女は、女優時代の経験を活かし、チョン・ドヨンとの見事なタッグを実現させている。彼女の代表作には『オーロラ姫』『容疑者X 天才数学者のアリバイ』と本作の長編3作だけと、監督経験の浅い彼女が本作『マルティニークからの祈り』を感動的な作品に仕上げたのは、彼女の女優としての経験が大いに影響されているのだろう。また、主演のチョン・ドヨンとコ・スの演技力にも支えられた結果、ヒットに繋がったのではないでしょうか?日本での認知度はまだまだ高くありませんが、一人でも多くこの作品に触れて欲しいものです。
映画『マルティニークからの祈り』 まとめ
本作『マルティニークからの祈り』で印象に残ったシーンとセリフは、やはりラストの裁判シーンでしょう。このラストが、映画の全体を集約しているのは、間違いないのです。裁判で初めて、ジョンヨンに主張できる機会が与えられます。それは、事件から数えて2年が過ぎていました。故郷から遠く1万2,400キロも離れた土地で過ごした、2年間から経験した彼女の言葉の重みは、考えさせられます。ここで映画のセリフを拝借。「私は取り返しのつかない罪を犯しました。知らなかったからと言って、許されるような罪ではありません。でも2年間私はここ(マルティニーク)で罪を償いました。でも、私にはまだ罪が残っています。それは、祖国・韓国に残してきた家族に対しての罪です。娘には、どんな辛い思いをさせたでしょうか?家族に妻を、母親を返して下さい。祖国に帰って、罪を償いたいのです。(フランス語で)私は家に帰りたいのです」2年の間に唯一覚えたフランス語。どこか心に響くものがあります。それは、辛い思いを体験しながらも、祖国に帰りたいと強く願い続けた、彼女の生きた証が表現されています。
明日は我が身かも知れません。被害者にも、加害者にもなりうる時代。どんな事にも、他人事として見過ごすのではなく、一歩進んで他人の想いに触れ、考えてみませんか?一人でも多くの人が、思いやりの持てる人間になれた時、きっとこのような悲劇も起こらないでしょう。
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