『おじいちゃんの里帰り』あらすじとネタバレ映画批評・評価

おじいちゃんの里帰りの概要:トルコからドイツに移民した、あるトルコ人家族の半世紀にも及ぶ感動の家族ドラマ。監督は、トルコ系ドイツ人女性、ヤセミン・サムデレリ。主演の祖父を演じるのは、ヴェダット・エリンチン。脚本は実妹スネリンと共同執筆。馴染みない異国の歴史と家族の苦悩をおとぎ話のように語る手法が胸に染み入る。

おじいちゃんの里帰り

おじいちゃんの里帰り あらすじ

映画『おじいちゃんの里帰り』のあらすじを紹介します。

祖父のフセインと祖母ファティマ。彼らはトルコからゲスト労働者としてドイツに赴いて早50年。半世紀経って、やっとドイツに帰化するも、フセインはそれに対し、どことなく不機嫌。彼の気持ちは、故郷トルコに向いていた。

その頃、孫娘チャナンは学生だが、思わぬ妊娠に一人悩んでいた。その相手は皮肉なことに、トルコ人でも、ドイツ人でもなく、イギリス人だった。また年少の孫チェンクも、トルコ人なのにトルコ語が話せないから学校で“偽トルコ人”だといじめられ、仲間はずれにされていた。殴り合いの喧嘩をして顔に痣を作っていた。

ある日3世帯の家族が集まる食事会で、祖父が故郷のトルコに土地を買ったと、報告。次の休みに家族皆で故郷に帰ろうと、提案。息子、娘たちはなぜ今更と、猛反発。楽しかったはずの食事も家族喧嘩に。見兼ねた孫のチェンクが怒って親たちに「僕は、ドイツ人なの?トルコ人なの?」と聞く。答えに困った親の代わりに、孫娘のチャナンが語り聞かせるのだった。おじいちゃん達の出会いからドイツへの出稼ぎなど、なぜトルコ人の自分たちが、ドイツに住んでいるのかを。
後日、それぞれ問題を抱えた家族たちは、おじいちゃんが買ったと言う土地を見に行くために、遥々何十年ぶりにトルコへ帰るのだった。その旅の道中、孫娘が語るおとぎ話のような家族の苦悩の話が始まる。それは、異国ドイツに渡った家族たちの苦悩と笑い話。異文化のギャップ、言葉の壁、宗教の違いだった。言葉が通じない買い物、少し悲しいクリスマスの体験、コーラやキリスト教と言った、移民たちにとって異国への憧れとともに、今までとまったく違う環境下で暮らすもどかしさ。

笑いを含ませながら、孫娘が語り聞かせていたその間に、祖父フセインが何も言わずに、ひっそりとバスの中で息を引き取っていた。初めての家族旅行のはずが、突然の父親の死に狼狽える家族たち。墓地に埋めようとするも、ドイツに帰化したトルコ人だから外国人墓地に埋葬しないといけない。それでも父親の願いは、トルコに帰ること。その願いを無下にできないと、家族は生まれ故郷へ足を運ぶのだった。

父が買い取ったと言う土地は、壁が残されていただけだった。ドアをくぐり抜けると、そこはただの空き地。祖父がなぜ、荒れた土地を買ったのか、今となっては分からない。ただそこは、ドイツに渡った家族たちの原点なのかもしれない。その地に祖父の遺体を埋葬した家族たちは、どこか晴々とした面持ちで家路の帰路の着こうとしていたが、失業中の次男マホメドが、その地に残り家を建て直すことを決意する。その決断は、祖父のフセインにとっても、家族にとっても、次男本人にとっても、大きかった。

死んだ祖父には、旅に出る前にドイツから大役を任されていた。それは、ドイツへのゲスト労働者100万1人目としてのスピーチを現大統領の前ですること。今となっては死んだ祖父の代わりに、孫のチェンクがスピーチ台に立つのだ。その孫の言葉は、家族にとって大きな励みとなった。祖父は、異国の地でも大家族に囲まれて幸せだったと、天国に旅立った今でも、家族にそう語り掛けるのだった。

おじいちゃんの里帰り 評価

  • 点数:80点/100点
  • オススメ度:★★★★★
  • ストーリー:★★★★★
  • キャスト起用:★★★☆☆
  • 映像技術:★★★☆☆
  • 演出:★★★★☆
  • 設定:★★★★★

作品概要

  • 公開日:2013年11月30日
  • 上映時間:101分
  • ジャンル:コメディ、ヒューマンドラマ
  • 監督:ヤセミン・サムデレリ
  • キャスト:ベダット・エリンチン、ラファエル・コスーリス etc

おじいちゃんの里帰り 批評 ※ネタバレ

映画『おじいちゃんの里帰り』について、2つ批評します。※ネタバレあり

日本が配給するトルコ映画

私たち日本人にとって、トルコ映画は馴染みがない。私が知りうる限りでも、日本で最初に注目を浴びたのは80年代前後に全世界で公開されたユルマズ・ギュネイの晩年の作品『群れ』『敵』『路(みち)』の獄中三部作(共産主義的と考えられ、3度に渡り獄中生活を送る。その間に、獄中から指示を出し映画を撮り続けた)、特に国際的にも名声を得たのは『路(みち)』だった。次に90年の第63回アカデミー賞外国語映画賞にて受賞したザヴィアー・コラー監督によるトルコ・スイス合作の『ジャーニー・オブ・ホープ』が有名だろう。

それから時を経て、近年国際的にも注目を浴びているのはファティ・アキンと言う本作の一家と同じトルコ系ドイツ人監督だろう。彼は、世界3大映画祭(カンヌ、ヴェネツィア、ベルリン)の賞を36歳と言う若さで受賞した世界が認める若き俊英。代表作には『愛より強く』『そして、私たちは愛に帰る』『ソウル・キッチン』が有名だ。彼の前2作は、一貫して人間の脆さと慈愛の心をテーマに作品を発表している。その3部作目にして最終章となる作品『The Cut(原題)』の日本での公開が待ち望まれている。また他にも、ドキュメンタリーの『トラブソン 小さな町の大きなゴミ騒動』と言う作品を制作、公開している。

そして、今年の6月にも、日本での公開が控えている映画『雪の轍(原題:Kis Uykusu)』が今、最も注目されている。昨年の第67回カンヌ国際映画祭にて、同映画祭の最高峰となるパルム・ドールを見事受賞した本作品。世界遺産カッパドキアのホテルで繰り広げられる男と女の愛憎劇を雄大な映像で捉えた3時間超の一大叙情詩だ。本作のヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督は過去に長編2作を発表しており、うち一作は劇場未公開ながらDVDで鑑賞できる『昔々、アナトリアで(原題:Bir Zamanlar Anadolu’da)』が存在する。彼の新作『雪の轍』が日本で初公開される前に、一度観てもいいだろう。

話が長くなってしまいましたが、ここまで来て私が言いたいことは、だいたい察することができるでしょう。近年、日本でのトルコ映画の配給、上映が多く見られます。“映画を観る”にあたって、私たちは、どこの国が製作かなんて、気にしないでしょうが、案外これが重要であったりする。私は、これからの映画の動きとして制作国と言うキーワードを大いに参考にしている。個人的意見ですが、数年の間に伸びるかも知れないのは、ルーマニア映画、ベルギー映画、そしてトルコ映画なのだ。

“トルコ映画の配給”と言う渦中で、本稿で取り上げている作品『おじいちゃんの里帰り』はまさに大きな役割を果たしたと言ってもいいぐらいのヒットを飛ばしたのだ。日本でのヒットは、大いに価値がある。知名度はそんな高くはない。公開当時も上映館は少なかった。にも関わらず、口コミが広がり最終日の2日間は立ち見が出る程(近くの映画館の情報)にもなったと聞いている。しばらくの間、トルコ映画から目が離せないだろう。

本作は脚本の勝ち?

『おじいちゃんの里帰り』の脚本は監督と実妹の共同脚本だ。緻密なディティールと多くのコミカルなエピソードは、彼女たちの祖父母と父母、その兄弟にあたる叔父叔母の懐かしい昔話から着想を得たと言われている。映画も孫娘の視点から祖父の事、移民の事、家族の事を語らせているのは、第三者の視点から見た半自伝的作品として、まさに監督一家による体験が、反映されているのかも知れない。

50回以上も脚本を書き直し、練り上げた結果、秀作として昇華している。映画自体、シンプルで、撮影技術も乏しく、ハラハラ、ドキドキ感もまく、ネタバレと言うネタもないが、一家が辿った半世紀にも及ぶ軌跡は、苦悩と葛藤と愛に溢れた50年間の移民生活。そう考えた時のラストのスピーチシーンは、実に心に残る素晴らしい幕引きだと思う。

少し話は変わるが、同作の脚本の構成。家族、ロードムービー、大型のバス、おじいちゃんの死、ラストに語られる祖父の想い。それらを考慮した時、どことなく似ている映画を思い出す。それは、2006年のサンダンス国際映画祭で話題を浚ったアメリカ映画『リトル・ミス・サンシャイン』に似ている。この作品もまた、大型バスに乗って、家族が旅をし、その道中に祖父が亡くなり、ラストに想いを受け取り、バラバラだった家族がまとまりを見せる。

両者ともコメディ要素を含むヒューマンドラマだが、よりヒューマ二ズムに富んだ作品は『おじいちゃんの里帰り』が優っている。それだけでなく、国民的、民族的アイデンティティを盛り込みながら、エンドロールで孫のチェンクが、学校で堂々と『僕はトルコ人だ』と、態度で主張する姿は、あの旅を経て、祖父の苦労した人生の足跡(そくせき)に触れた結果であろう。映画は脚本在りきだ。そんな本作は、細部の演出にまで拘った脚本は、映画の出来以上に、脚本が出来上がった時点から、円熟した深みを見せていたのだろう。まさに、脚本の一人勝ちだ。

まとめ

『おじいちゃんの里帰り』を鑑賞し、つくづく思う事は、父親の苦労だ。愛する家族を守るため、どんな犠牲も厭わない親の姿を考えることができる。私の父親も、きっとそうであったのだろう。家族を守るため、必死に生きてきたのだろうか?本作の祖父の姿を通し、親への感謝(特に父親)が日に日に増してくる。大人になって親という存在が、偉大になってくる。若い頃はあんなにも煩わしい存在だった両親が、本作を鑑賞し、尊敬できるようになるだろう。父と子の本質に迫った映画『おじいちゃんの里帰り』は、まさに親孝行したくなる映画にぴったりだ。鑑賞後、田舎で暮らす親のことを思い出すだろう。

最後に、私は思う。この映画で一番重要なことは、家族で旅に出ることでもなく、家族が仲良くすることでもない。一番重要なのは、親の苦労や想いを知ることであろう。

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