映画『おやすみなさいを言いたくて』の概要:危険な紛争地域で取材を続ける報道写真家のレベッカは2人の娘の母親でもあった。仕事に対する使命感と愛する家族の狭間で、レベッカの心は揺れ動く。高い演技力で知られるオスカー女優のジュリエット・ビノシュが、主人公の苦悩を繊細に演じている。
映画『おやすみなさいを言いたくて』の作品情報
上映時間:118分
ジャンル:ヒューマンドラマ、戦争
監督:エリック・ポッペ
キャスト:ジュリエット・ビノシュ、ニコライ・コスター=ワルドー、ローリン・キャニー、アドリアンナ・クラマー・カーティス etc
映画『おやすみなさいを言いたくて』の登場人物(キャスト)
- レベッカ(ジュリエット・ビノシュ)
- アイルランド在住の報道写真家。危険な紛争地域を中心に取材を続けており、カブールでは自爆テロに巻き込まれて危篤状態に陥る。家族のことも愛しているが、仕事への使命感を捨てられない。
- マーカス(ニコライ・コスター=ワルドー)
- レベッカの夫で海洋研究員。レベッカの仕事を理解し、家事も子育ても母親以上にこなしてくれる。しかしその生活にも限界を感じ始め、レベッカとの別れを真剣に考える。
- ステファニー(ローリン・キャニー)
- 通称ステフ。13歳になるレベッカの長女。多感な思春期を迎えており、大好きな母親を失う恐怖に怯えている。一方で母親の仕事を理解したいとも考えている。芸術家肌の繊細な少女。
- リサ(エイドリアナ・クレイマー・カーティス)
- 7歳になるレベッカの次女。まだ現実が見えておらず、母親の仕事の危険性も理解できない。リサの幼さと明るさに家族は救われている。お父さんっ子。
映画『おやすみなさいを言いたくて』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『おやすみなさいを言いたくて』のあらすじ【起】
カブールの紛争地域。報道写真家のレベッカは現地の女性たちと同じ格好をして、これから自爆テロに向かう女性の密着取材をしていた。体に爆弾を巻きつける女性の姿をレベッカは淡々とカメラに収める。さらにテロ現場へ向かう車に途中まで同行させて欲しいと申し出る。車内でもレベッカはシャッターを切り続けていた。
大勢の人で賑わう広場でレベッカは車を降りる。しかしレベッカが車を降りたことで警察から怪しまれ、拘束されそうになった女性はそこで自爆する。広場にいた大勢の市民が爆弾の犠牲となり、レベッカも爆風で吹き飛ばされて怪我を負う。それでもレベッカは現場の写真を数枚撮り、そのまま意識を失う。
意識を取り戻したレベッカはドバイの病院にいた。夫のマーカスは妻が重体だと聞き、アイルランドから駆けつていた。マーカスは妻の仕事を理解してきたが、それも限界だった。
夫婦はアイルランドへ帰国する。家ではまだ幼いリサと思春期を迎えたステフが待っていた。リサは無邪気に母親の帰宅を喜ぶが、ステフは笑顔を見せない。ステフは母を失うかもしれないという恐怖に怯えていた。
マーカスはついに待つ身の辛さを訴え、心配をし続けなくてはいけない今の生活にはもう耐えられないと告白する。マーカスは娘たちの精神状態も心配しており、レベッカとの離婚を考えていた。
映画『おやすみなさいを言いたくて』のあらすじ【承】
爆風によってレベッカの肺には穴が空き、その傷もまだ癒えていなかった。しかしレベッカはこのままではいけないと感じ、学校までステフを迎えにいく。ステフは母の危険な仕事をどう理解すればいいのか悩んでいた。
夫や娘の苦しみを知ったレベッカは紛争地にはもう戻らないとマーカスに約束する。しかしマーカスは信じてくれない。レベッカは仕事仲間のジェシカにも仕事を辞めると伝え、良い母親になろうと努力し始める。最後にレベッカはカブールで撮影した写真を確認し、その写真をジェシカに送る。
学校でアフリカ・プロジェクトに参加しているステフはレベッカにコンゴ紛争について質問する。レベッカは世界が悲惨の紛争よりもセレブのゴシップに関心を示していたことに怒りを感じ、現地で取材を重ねた。レベッカは詳しい資料のある場所へステフを連れて行ってやる。
そこでケニアで難民評議会の仕事をしている旧友のスティグと再会する。スティグはケニアの中では安全とされるカクマ難民キャンプの取材をレベッカに依頼する。レベッカはその話を断るが、ステフが一緒に行きたいと言い出す。そのことでマーカスとステフが喧嘩になる。
映画『おやすみなさいを言いたくて』のあらすじ【転】
レベッカは海岸で子供たちに野外教室をするというマーカスに付いて行く。マーカスはこの海の汚染度を調べる研究員で、海の生物に詳しかった。そこでレベッカは他の保護者とぶつかってしまう。レベッカは普通の暮らしをする人々に馴染めなかった。
ニューヨークのジェシカから国防総省の都合で自爆テロの写真が出版できなくなったと連絡がある。あの自爆テロを自分の責任だと感じて苦しんでいたレベッカは、さらに傷つく。マーカスはそんなレベッカを気遣ってくれ、ステフとケニアへ行ってこいと言ってくれる。
レベッカとステフはケニアのカクマ難民キャンプに到着する。ステフは母の仕事ぶりを間近で見ながら、レベッカが貸してくれたカメラで自分も写真を撮っていた。その夜、レベッカは報道写真家になった理由と自分の望みを話して聞かせる。ステフは母の正義感と仕事への信念を理解し始めていた。
翌日、安全だと言われていたキャンプ周辺に武装集団が現れ、危険な状態になる。レベッカとステフは車で安全な場所まで避難することになるが、レベッカはステフのことをスティグに頼んでキャンプに戻ってしまう。ステフは泣き叫んでいた。しかし使命感に火のついたレベッカにその声は届かない。レベッカは銃撃戦の始まったキャンプ内でシャッターを切り続ける。
映画『おやすみなさいを言いたくて』の結末・ラスト(ネタバレ)
レベッカの写真のおかげでキャンプのセキュリティは強化されるが、ステフは深く傷ついていた。ステフは何よりもこの一件が父親に知られることを恐れていた。
帰国したレベッカはあの時のことを話し合うためステフの撮った写真を見せてもらう。その中にはレベッカがキャンプへ戻った時の動画が混じっていた。そしてそれをマーカスも見てしまう。レベッカが謝罪してもマーカスの怒りは収まらず、彼女を家から追い出す。レベッカは娘たちを一緒に連れ出そうとするが、娘たちは父に助けを求める。家族から拒絶され、レベッカは打ちひしがれる。
レベッカはステフに会って、ケニアでのことと家族を壊してしまったことを謝罪する。母親のことで心の葛藤を続けてきたステフは、どうしても素直になれなかった。
ひとりになったレベッカは“あの写真の出版が決まったので写真を追加するためもう一度現地へ飛んでくれ”という連絡を受ける。レベッカはカブールへ向かう前にステフの学校へ寄る。今日はアフリカ・プロジェクトの発表の日だった。
ステフはケニアでのことを発表し、レベッカの話をする。世界から見捨てられた場所へ写真を撮りに行く母親の仕事を紹介し、その場所の子供たちは自分よりも私の母親を必要としていると話す。レベッカは胸がいっぱいになる。
レベッカはリサとステフに“さよなら”を言うため自宅へ戻り、カブールへ向かう。そこでレベッカが見たものは爆弾を巻かれる幼い少女の姿だった。レベッカはあまりの衝撃でシャッターを切ることができない。報道写真家ではなく母親に戻ってしまったレベッカは、1枚の写真も撮れないまま、少女を乗せた車を呆然と見送る。
映画『おやすみなさいを言いたくて』の感想・評価・レビュー
母親の仕事を理解したい気持ちと、母親として自分のそばに居て欲しい「子供」の気持ち。過酷な仕事をする母を持った「娘」の葛藤に感情移入してしまい、とても複雑な気持ちになりました。
母親が「命の危険」が常に付き纏う仕事をしていたら、子供はどう思うのでしょう?身近にそんな人が居ないのでイメージすら湧きませんが、今作を見ると子供だけでなく、その仕事をしている母親、そして彼女を見守る夫、家族全員に様々な葛藤があり全員が納得して理解するのはとても難しいことだと感じました。(女性 30代)
みんなの感想・レビュー
①家族の葛藤
結婚して子供を持った女性が仕事を続けるということは普通でもなかなか大変なことだが、レベッカの場合は女性だから大変なわけではない。彼女の仕事は危険な紛争地域を取材する報道写真家であり、これは男性でも家族に相当な精神的負担をかける仕事だと言える。
いつ死んでもおかしくないような戦場が仕事場なのだから、待つ身の家族はたまったものではない。レベッカの仕事に対する情熱を理解し、結婚してからも彼女を支え続けてきた夫のマークスは偉い。マークスがさすがに限界だと感じたのは、“母の死”を現実的にステフが恐れるようになり、不安定になっていたことも大きく影響しているだろう。マークスは心から家族を愛しているからこそ、レベッカの行動に怒りを感じるのだ。
私にはマークスやステフの気持ちがとてもよくわかる。ステフがレベッカに“ママが死んじゃえば皆で一緒に悲しんで、それで終わり”と言ったのは、自分より仕事を優先する母を責めているのではない。母の仕事を誇りに思う気持ちと、母を失う恐怖に押し潰されそうな気持ちの間で揺れ動いているのだ。このステフの葛藤は痛々しい。
②レベッカの葛藤
レベッカも家族が自分のせいで苦しんでいることを理解し、一度は仕事を辞める決意をする。しかしレベッカは結局、自分の正義感(怒り)を抑えることができない。
ケニアで泣き叫ぶステフを残して銃撃戦の現場へ向かったレベッカは、何かにとりつかれたようにシャッターを切る。この時レベッカは娘や家族のことなど忘れ去っている。逆にそうでないと、あの危険な場所へ突進していくことはできない。
レベッカ自身が“抑えきれない何かが自分の中にある”とステフに告白している。一種の戦場中毒状態(戦争映画を見ていると軍人の人にも多い)でもあり、彼女は戦場よりも情熱を持て余す普通の生活に恐怖を感じている。家族を愛する気持ちに嘘はないが、それに勝る強い使命感を捨てられない。
“コンゴで起こっていることより、パリス・ヒルトンのゴシップで大騒ぎする世界に怒りを感じた”という正義感と、“誰かが世界から見捨てられた場所の真実を伝えなければならない”という彼女の信念は尊い。それがわかっているからこそ家族は余計につらい。誰も悪くないのだが、唯一の罪はレベッカが家庭を持ってしまったことなのかもしれない…。
世界の紛争地域で起こっている事実に対して偏った思想や一方的な正義感は見せないドキュメンタリーのような演出は好感が持てる。その分こちらはいろいろなことを真剣に考えてしまうし、それがこの演出の意図なのだろう。
淡々としているだけにラストで受ける衝撃がすごい。爆弾を身にまとう少女を見て動揺し、一枚も写真を撮れなかったレベッカの姿には、吐き気をもよおすほどの真実味があった。ジュリエット・ビノシュの迫真の演技も素晴らしい。ここを撮りたくて、エリック・ポッペ監督はこの映画を作ったのではないかと思えるほど、忘れられないラストシーンになっている。多くの人の目に触れて欲しい秀作だ。