映画『メゾン・ド・ヒミコ』の概要:病気の妻と幼い娘を捨て、自分に正直となり女として生きることを決めた父を嫌悪し、憎むようになった娘。彼女はゲイの存在すら受け入れられなかったが、末期ガンに冒され幾ばくも余命がない父と最期の時を過ごすことで、自分の心と偏見を溶かしていく。
映画『メゾン・ド・ヒミコ』の作品情報
上映時間:131分
ジャンル:ヒューマンドラマ
監督:犬童一心
キャスト:オダギリジョー、柴咲コウ、田中泯、西島秀俊 etc
映画『メゾン・ド・ヒミコ』の登場人物(キャスト)
- 岸本春彦(オダギリジョー)
- 卑弥呼の恋人でゲイ。実質、メゾン・ド・ヒミコの運営を行っている。感じの良い美青年だが、その裏には苦悩の影が見え隠れする。
- 吉田沙織(柴咲コウ)
- 卑弥呼の娘。自分と母を捨てて我が道を進んだ父親を憎んでおり、ゲイの存在を受け入れられない。亡くなった母親の医療費を払い続けている。
- 卑弥呼(田中泯)
- 本名、吉田照男。結婚し沙織を儲けるも、妻と離婚して自分の性に従って生きることを決断。卑弥呼として夜の店でママを務め、伝説と言わしめるほど一世を風靡する。引退後はゲイのための老人ホームを開設。現在は末期ガンで自宅療養中。独特な空気感を持つ人物。
- 細川専務(西島秀俊)
- 沙織が働く工務店の専務。誰とでも寝るような軽い男。
- ルヴィ(歌澤寅右衛門)
- 老齢のニューハーフ。髪をピンクに染め、派手な出で立ちで口も悪いが、疎遠な家族と過ごせない寂しさを抱えている。
映画『メゾン・ド・ヒミコ』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『メゾン・ド・ヒミコ』のあらすじ【起】
1958年、東京銀座に一軒のゲイバーが開店。店の名は卑弥呼。このゲイバーには著名人が通うようになり、次第に名を馳せる名店へと成長。
1985年、初代ママが肝硬変のため、引退。その時、彗星の如く現れた吉田照男40歳が、2代目ママに就任。照男は初代ママに劣らぬ魅力と才覚を発揮し、ゲイバー卑弥呼は更に繁盛するも、2000年に突然、引退すると共にゲイバー卑弥呼も閉店となった。
その2か月後、神奈川県は大浦海岸の近くに、1軒の老人ホームがひっそりと開設。施設の名前はメゾン・ド・ヒミコと言った。
吉田沙織はしがない工務店の事務職だった。化粧っ気もなく、地味な服装を身に着けた彼女には近頃、岸本春彦という男から連日、連絡が入っている。沙織の父親と深い関わりのある春彦は、沙織の父親が末期癌のため、最期を迎える前に1人娘の沙織とのわだかまりを解き、安らかな最期を迎えて欲しいと願っていた。彼は沙織の父親、卑弥呼の恋人だった。
春彦は沙織に、毎週日曜1日だけのアルバイトで、3万円の報酬を用意すると言う。事実、沙織は金に困っていた。卑弥呼とは縁を切っていた沙織だったが、報酬の話はあまりに魅力的である。彼女は熟考した上で、日曜日にメゾン・ド・ヒミコへと向かった。
施設が開設されてから5年が経過していた。恐る恐る、中へ入った沙織。リビングと思しき場所には、女装したお爺さんがソファーに掛けてテレビを観ている。突然の電話に驚いた沙織は身を隠すこともできず、女装お爺さんの隣に身を縮めて腰かけてしまった。
電話に対応したのは、春彦である。彼は沙織を見て一瞬、固まってしまうも、逃げ帰ろうとする彼女を引き止めることに成功した。
卑弥呼の部屋へ案内された沙織だったが、居室の主は不在だった。卑弥呼の部屋からは穏やかな海が眺められる。そこへ、部屋の主である卑弥呼が戻って来る。父親は最初、成長した沙織に気付かない様子だったが、じっと見つめることで実の娘だと気付くのだった。
施設には卑弥呼の他に7人のゲイとニューハーフが住んでいた。ブランチをご馳走になった沙織は、卑弥呼にバイトなど務まらないと断言されてしまう。思わず言い返してしまう娘。親子の確執は深いものに思えた。
映画『メゾン・ド・ヒミコ』のあらすじ【承】
沙織には借金がある。それは、3年前に病気で亡くなった母親の医療費だった。卑弥呼には初耳だったようで、どうやら母親は自分が病気であることを、知らせていなかったらしい。
買い物から帰宅した沙織。近所の中学生にいたずらされて、転倒してしまう。助けに入ったのは口の悪いルヴィ。仏頂面で可愛くない沙織を何かとからかうため、互いの仲は険悪だった。そもそも、沙織はゲイやニューハーフに強い嫌悪と偏見を持っている。理解のできない存在。否、理解などしたくないのだった。
毎週日曜にせっせとメゾン・ド・ヒミコへ通う沙織。そんなある日、ルヴィが沙織に謝って来る。彼女の事情を聞いた沙織は、ルヴィが知りたがっていたことを2000円で教えた。
その日の夕方。リビングに飾られている写真に見入った沙織。その中に母親が映っている1枚を見つける。
翌週の日曜。施設の前に黒塗りの高級車が停まっていた。持ち主は大企業の会長で、ゲイバー卑弥呼にも出資していたらしく、閉店後はメゾン・ド・ヒミコへ出資していると言う。会長は卑弥呼のためにずっと出資をしてくれたが、卑弥呼が亡くなったら出資はやめるつもりでいた。しかし、春彦の美貌に目を止め、彼に取引を持ちかける。春彦は身体を差し出して、施設への出資継続を取り付けるのだった。
ある朝、ゴミ出しをした春彦は、施設の外壁に盛大な罵詈雑言の落書きを発見し、沙織の工務店に壁の塗り替えを依頼。落書きを見た沙織は、少しだけ気の毒に思った。
そんなある日、施設出資者である会長が、脱税で逮捕されたというニュースが報道される。これは、メゾン・ド・ヒミコ存亡の危機であった。
その日の夕方、ルヴィに異変が現れる。彼女は泡を吹いて意識を失っていた。
病院へ緊急搬送されたルヴィは、脳卒中により全身に麻痺が残ると言う。相談の末、ルヴィは家族の元へ引き取ってもらうことになった。ここでは、介護体制が整っていないため、ルヴィの面倒を見ることができないのである。
沙織は決心して、卑弥呼の元へ向かい遺産放棄の意思を示すも、卑弥呼に遺産などないと言われてしまう。施設の開設に全財産を使ってしまったのだ。沙織は父親に今までの不満をぶちまける。卑弥呼はそれを黙って聞くだけなのだった。
映画『メゾン・ド・ヒミコ』のあらすじ【転】
建設会社の子息だった春彦は、卑弥呼と出会うまでずっと1人だった。同性愛者であることを隠し、生きてきた春彦。彼は卑弥呼と出会うことで救われたのだろう。故に、彼女のために、彼女が全てを捧げて開設したメゾン・ド・ヒミコを守りたいのだった。
工務店の仕事中、卑弥呼が大量の吐血をしたと春彦から連絡をもらった沙織。彼に乞われて日曜日でもないのに、メゾン・ド・ヒミコへ向かった。春彦も不安なのだ。彼にとっての卑弥呼は大きな存在で、それを無くすということは、未来を無くすに等しいのであった。
卑弥呼の容態は日々、悪くなっていく。施設の雰囲気は沈んでいた。そんな中、刺繍とコスプレが趣味のゲイと共に、ひとしきりコスプレをして楽しんだ沙織。勢いに乗ってみんなで遊びに行こうと言い出す。気弱なレディをエスコートするため、卑弥呼の口添えもあり仲間達は正装して懐メロクラブへ向かった。
一世一代の晴れ姿。沙織は気弱で心優しいゲイを嫌えずにいた。しかし、気弱なゲイと以前同じ職場にいた客に発見され、嘲られた沙織。彼女は腹を立てて謝罪要求をする。強い偏見を持ち彼らを拒否していた沙織だったが、一緒に過ごす内に自然と受け入れるようになったのだろう。彼女のそんな姿を見た春彦は、沙織の心境の変化を嬉しく思うのだった。
楽しい時間を過ごした後、その勢いで沙織にキスをしてしまった春彦。彼は真正のゲイであったが、もしかしたら沙織となら関係を持てるかもしれないと思う。
沙織は沙織で、他のゲイに女性と関係を持てるのかを聞く。過去に結婚して子供を儲けるゲイもいるため、完全に関係を持てないわけでもないのだろう。
部屋の一室を借りて、沙織と2人きりになった春彦。彼にとっては初体験となるため、両者共にぎこちない。しかし、キスまで進むことはできるも、それ以上を進めることができず。何とも気まずい雰囲気で終わってしまった。
映画『メゾン・ド・ヒミコ』の結末・ラスト(ネタバレ)
盆休み初日。ルヴィが家族に引き取られることになった。施設でもお盆の準備が着々と進む。今や寝たきりとなった父親の部屋で、亡くなった家族の写真を出していた沙織。目を覚ました卑弥呼が、静かに語り始めた。父と子はここに来て、初めてまともな会話を交わす。そこで沙織は初めて、卑弥呼からの好意を聞かされるのであった。
ルヴィの息子家族が迎えに現れた。ルヴィは本人が望まないであろう恰好で、引き取られていく。息子家族にはルヴィがニューハーフであることは隠していた。
沙織は施設の皆へ、ルヴィを見放したと責める。好き勝手に生きてきたツケは自分が払うべきなのに、家族に払わせるのだから本当に勝手だ。
沙織は怒ったまま、工務店へ。そこでは細川が1人で仕事をしていたが、むしゃくしゃして彼を誘惑し、衝動で身体を重ねてしまうのだった。
翌朝方、卑弥呼が静かに息を引き取った。沙織は父親の荷物を全て引き取り、処分することにする。これでもう、メゾン・ド・ヒミコへ来ることもなくなるだろう。
細川と沙織が関係を持ったことを知った春彦は、彼女を簡単に抱くことができる細川を少しだけ羨ましいと言う。沙織と春彦は互いに惹かれてはいるけれども、肉体関係には至らない親愛を育んだのであった。
冬の初め。沙織は相変わらず工務店で事務仕事をしていたが、メゾン・ド・ヒミコの外壁塗り替えの依頼が、再び舞い込む。沙織は日を改めてメゾン・ド・ヒミコへ赴いた。外壁には、サオリに会いたいと落書きされていた。
映画『メゾン・ド・ヒミコ』の感想・評価・レビュー
ストーリー、テンポ、全編通して感じられる暖かい空気感がとても心地よい作品でした。監督、脚本、音楽の相性の良さがそうさせているのだと思います。この作品では男性同士の恋愛と、恋愛関係とは別の絆をつくっていく男女が描かれます。世間はまだまだゲイはマイノリティで、男女が親しくなったら恋愛関係になるだろうという視野の狭い方も多いと感じます。
この作品のように男だから女だからというのではなく、一人一人と向き合ってそれぞれのちょうど良い関係をつくっていける世の中になって欲しいし、自分自身もそういう人間になりたいと感じました。(女性 20代)
みんなの感想・レビュー
高齢化が進み、認知症の介護問題など厳しい現実があります。同性愛者というマイノリティーであればなおのこと、閉ざされた環境の中で生きてゆかなければなりません。
この映画は、同性愛者の偏見や家族の問題を温かく描いた作品です。一種のファンタジーだと受け止める人もいるでしょう。そう感じるほど、老人ホーム”メゾン・ド・ヒミコ”は集う人々や絆、友情が心地よいのです。
見どころはなんといっても、春彦を演じるオダギリジョーの存在感です!ヒミコの隣に寄り添う姿や沙織をからかうシーンは必見です!
また、ヒミコ役の田中泯の重厚さにも注目して下さい。老人ホーム”メゾン・ド・ヒミコ”を一歩外へ出ると、偏見の嵐が吹いていますが、ディスコで尾崎紀世彦の曲に合わせて、春彦や沙織、ホームの仲間たちが躍るシーンはとても楽しい。
①中性的な魅力~オダギリジョー、魔性のゲイを体現。
ゲイ映画はあまり好きではないのですが、この映画だけは特別です!オダギリジョーの魅力を、演技とファッションの両面から探ってゆきたいと思います。まずは演技から。とても柔らかく春彦役を演じています。
台詞はゆっくり落ち着いていて、好感が持てます。不愛想、そして大声でヒステリー気味にしゃべる柴咲コウの演技とは対照的です。オダギリジョーの演技はいい意味で脱力感があり、他の役者や周りの雰囲気に流されない点が魅力。
ゲイの役をする時、ギラギラした色気を放つ人もいますが、オダギリジョーはほんのりと香る色気といった感じ。次にファッションセンスを見てゆきます。
オダギリジョーは、普段から黒と白を基調としたシックで、帽子など小物に凝ったファッションを展開しています。この映画では、全身白のスーツや青を生かしたコーデネイトが光っています。
シンプルだけど、少しゆるめで清潔さを感じさせます。またあえて生活感を出さない服を選んでいるハズしのテクニックがすごい!おしゃれ男子にぜひ、オダギリジョーのファッションセンスを取り入れてもらいたい。
春彦は、ヒミコにとってピュアで天使のように自由な存在です!
②ずっと舞踊は終わらない!~田中泯の世界。
NHKの連続TVドラマ「まれ」の塩じいこと、桶作元治役を演じ、味わい深い演技を魅せた田中泯。俳優だと思っている人が多いと思いますが、彼はずっと舞踊やダンスを追究している芸術家です。
「まれ」以外では、映画「たそがれ清兵衛」(02)や「るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編」(14)の柏崎念至役で活躍しています。「メゾン・ド・ヒミコ」では、主人公・沙織の父親ヒミコを重厚な存在感で印象つけました。
沙織との揺れる親子関係が現れるシーンでは、こんな一言が!父親を許せないという沙織に対して、”まっとうな結論だと思うわ。あなたが好きよ。”という言葉が胸に突き刺さります。
ゲイという役柄だが、変ないやらしさはなく、深い人間性が表現されています。また、オダギリジョーと2人並んだ時の姿が美しく絵になります。この2人がいなかったら、この作品は完成しないでしょう。
田中泯は、前衛的な舞踊を追究してゆくなかで、内面の衝動を舞踊やダンスを通じて外へ表現しょうとしています。舞踊だけでなく、その姿勢が演技に生かされている点に注目して下さい。
ゲイと言われる人とその人々の姿を描いているが、真面目に描いた犬童監督の静かに描いた作品、感動的な作品で日本アカデミー賞物である。