映画『もらとりあむタマ子』の概要:大学卒業後も就職せず、実家の父親に甘えきって自堕落な生活を続ける23歳のタマ子の1年を描く。基本的に大きな事件もなく、不器用な父親と怠惰な娘の日常を淡々と追っているだけだが、この手のゆるい世界観が好きな人には癖になる。山下敦弘監督作品。
映画『もらとりあむタマ子』の作品情報
上映時間:78分
ジャンル:コメディ、ヒューマンドラマ
監督:山下敦弘
キャスト:前田敦子、康すおん、鈴木慶一、中村久美 etc
映画『もらとりあむタマ子』の登場人物(キャスト)
- 坂井タマ子(前田敦子)
- 23歳。大学を卒業したのに就職もせず、父親に甘えて実家に戻ってくる。実家でも、家の仕事や家事を全く手伝わず、ひたすらダラダラと日々を過ごす。憎まれ口ばかり叩いているが、父親のことが結構好き。
- 坂井善次(康すおん)
- タマ子の父。甲府で小さなスポーツ用品店を営んでいる。妻とは離婚し、やもめ生活を送っている。マメな性格で料理もうまい。タマ子の扱いに困りつつも、2人の暮らしをそれなりに楽しんでいる。
- 仁(伊東清矢)
- 地元の中学1年生。父親は町で写真館をしている。暇人のタマ子に付き合わされ、いろいろ迷惑する。バスケ部に所属しており、一応彼女もいる。
- 曜子(富田靖子)
- タマ子の叔母から善次を紹介されたアクセサリー教室の先生。バツイチで、現在は一人暮らしをしている。美人で性格もいい。
映画『もらとりあむタマ子』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)
映画『もらとりあむタマ子』のあらすじ【起】
秋。大学を卒業した坂井タマ子は、就職もしないまま甲府の実家に帰って来る。両親は離婚し、スポーツ用品店を営む実家では、父親の善次が一人で暮らしていた。姉はすでに結婚して独立している。
善次は働き者で、店を営業しながら掃除も洗濯も料理もテキパキとこなす。タマ子はそんな父親に甘えきり、一日中ダラダラと過ごす。善次はだらしないタマ子に苛立っていたが、じっと我慢する。
地元の中学に通う仁は、善次の留守にバスケットシューズ選びをタマ子に手伝ってもらう。2人はなんとなく気が合った。
ある晩、いつものように晩御飯までダラダラしていたタマ子は、ニュースを見て“ダメだ、日本”と偉そうなことを言う。そのまま“いただきます”も言わないでカレーを食べ始めたタマ子を見て、善次の我慢も限界に達し、“なぜ就職活動をしないのか”とタマ子を叱る。タマ子は怯むことなく、“私だって、やる時がきたらやる!”と逆ギレする。“いつだ”と聞くと、タマ子は“少なくとも今ではない”と答え、善次は何も言い返せなくなる。
その後もタマ子は全く反省の色を見せず、ひたすら自堕落な日々を送る。
映画『もらとりあむタマ子』のあらすじ【承】
冬。大晦日、タマ子は仁が彼女と下校しているのを目撃する。タマ子に気づいた仁は、気まずそうに顔を背ける。
善次は店と家の大掃除を済ませ、タマ子はカレンダーを付け替える。夜には親戚のよし子がおせちを持ってきてくれ、年越しそばは善次が作ってくれる。タマ子はダサいジャージ姿のまま、ぬくぬくと年を越す。
春。タマ子は髪を切ってダイエットを始める。善次は明らかにタマ子の変化を感じていたが、何も聞かない。
タマ子は、写真館の息子の仁に、極秘で自分の写真を撮らせる。善次はタマ子が就職活動をしているのだと思い込み、高価な腕時計をプレゼントする。しかしタマ子は全く喜ばず、“返してきて!”とキレる。
タマ子の部屋を掃除していた善次は、タマ子がアイドルのオーディションを受けようとしていることを知る。タマ子が仁にオーディション用の写真を撮らせていたこともバレてしまい、親子は気まずい空気になる。善次はタマ子に気を使い、“応援するよ”と言うが、タマ子は“そういうのが嫌なの!”とブチ切れ、善次は途方にくれる。しかし、アイドル気取りのタマ子の写真を見ると、笑ってしまうのだった。
その写真は、嫌がらせのように写真館のウィンドウに飾られる。タマ子はふてくされ、ダイエットもやめてしまう。
映画『もらとりあむタマ子』のあらすじ【転】
夏。タマ子はもとのダラダラ生活に戻り、クーラー全開の部屋で漫画を読みふけっていた。善次は妙に機嫌が良く、タマ子は父の変化を感じる。
よし子が善次にバツイチの曜子を紹介したと聞き、タマ子の心は乱れる。曜子はアクセサリー教室の先生をしている女性で、よし子はいいご縁だと喜んでいた。
タマ子は仁を曜子のアクセサリー教室へ潜入させ、曜子のことを探らせる。仁の話によると、曜子はそれなりに美人で、人柄も申し分ないようだった。
タマ子は、何とか善次と曜子の邪魔をしようと考え、曜子は男関係が派手なのではないかと適当なことを言う。それを聞いた善次は、タマ子の無責任な発言をたしなめる。タマ子は、善次が本気で曜子に惚れているのではないかと焦りを感じる。
タマ子はどうしても我慢できず、自らアクセサリー教室へ行ってみる。曜子はにこやかにタマ子を教室へ入れてくれ、親切にアクセサリー作りを教えてくれる。最後まで居残ったタマ子は、自分が善次の娘であることを打ち明ける。
善次のことを褒める曜子に、タマ子は善次の悪口を言いまくる。“一番ダメなのは、私に出て行けと言えないところ”というタマ子の話を聞き、曜子は善次が再婚しない理由がわかった気がする。タマ子が可愛いから善次は再婚しないのだろう曜子は考え、なんとなく不愉快になる。
帰り道、タマ子は母親に電話をかける。“父さんが再婚したら私はどうなるの”と甘えたことを言うタマ子に、母親はしっかり自立するよう助言する。
映画『もらとりあむタマ子』の結末・ラスト(ネタバレ)
善次は曜子と会って、何やら楽しげに話をする。その夜、夕食の席で、善次はタマ子に“曜子さんの教室へ行ったらしいな”と話し始める。タマ子は、曜子がいい人だと認め、再婚してもいいと言ってみる。善次は、今更再婚する気はないようだったが、本当のところはよくわからない。話の流れで、善次は“夏が終わったら、就職が決まっても決まらなくても、とにかく家を出ろ”と告げる。タマ子は、“合格”とつぶやき、善次に“何だそれ”と突っ込まれる。
タマ子は、店のことや家事を少しだけ手伝うようになる。わずかではあるが、タマ子の中で心境の変化があったようだ。
仁と会ったタマ子は、アイスを食べながらタラタラと話をする。“夏が終わったらここを出るから”と言うタマ子に、仁は“どこへ行くの”と聞いてみるが、タマ子にもまだ行く先はわからなかった。仁はバスケ部も辞め、彼女とも自然消滅したらしい。仁と別れた後、タマ子は久しぶりに聞いた“自然消滅”という言葉を思い出し、笑いがこみ上げてくる。
映画『もらとりあむタマ子』の感想・評価・レビュー
23歳のタマ子がスポーツ用品店を営む父のいる実家へ帰省し、のんびりとモラトリアムな日々を過ごす様子を描いた物語。
父とタマ子はお互いに不器用ながらも、さり気ないやり取りに親子の絆が感じられてほっこりとした気持ちになった。
タマ子の日常が移り変わる季節と共に描かれているが、大きな盛り上がりはなくゆったりとした時間が流れている。
特に、タマ子役の前田敦子から漂う雰囲気が魅力的だった。
忙しない日々を、一度立ち止まってお休みしたい人におすすめの作品。(女性 20代)
みんなの感想・レビュー
前田敦子といえば元AKB48のセンターとして知られるアイドルである。彼女がAKB48を辞め、女優に転向して以来というもの、日本映画界のそうそうたる監督が彼女を起用してきた。単に彼女の人気を利用してのことなのかと思いきや、黒沢清監督までもが前田敦子を起用した「Seventh Code」という作品を作製していることからも伺えるように、どうやら彼女の実力を買ってのことのようである。現に筆者は別段、前田敦子のファンというわけでもなかったのだが、本作を観て強く惹きつけられてしまった。
本作における前田敦子が演じるタマ子というキャラクターは、無気力で常に気だるさが漂っている存在である。それを元トップアイドルが演じるという一見矛盾に思えるが、始まってすぐその疑念は消し飛ぶ。驚くほどの無気力感が画面に漂う。そして父を演じる、山下作品常連の康すおんの演技力も相まって、どうやってタマ子という人格がこの家庭において形成されていったのかまでもが伝わってくるのだ。
もともとはM-ONのアイキャッチとして使われていたショートムービーを長編映画化した作品が本作である。そういうこともあってか長編にしては非常に短い上映時間である。しかし、非常に上手くまとめ上げられていて、観終わった後にある種の爽快感までをも感じさせるのはさすがである。
本作を観れば、間違いなくタマ子の魅力に惹かれることだろう。東京の実家を離れ、大学に進学したという設定だが、ここから彼女の性格が伺える。おそらくは母と離婚した父を内心侮蔑している節があったのだろう。そう考えれば、東京への大学進学は一種の逃避だったのではないか。なにか新しい世界が待っているのではないかと考えていたタマ子はおそらく進学してさほど自分の世界が変わらないことに挫折したのだろう。すべてのやる気を失って実家に戻ってきたのである。
と、いったように、映像や役者の演技からその人物が背負っている運命や人生が伝わってくるのだ。これを良い映画と言わずしてどうするのか、という感じである。食わず嫌いの人にこそぜひ観ていただきたい作品である。
山下作品のほぼすべてにおいて通底する特徴として、映画的なクライマックスと言うべき派手な見せ場がないことが挙げられる。こういってしまうと、まるで平坦な映画であるかのように聞こえてしまうかもしれないが、決してそうではないのが面白い。淡々とはしているが、決して平坦ではないのだ。何気ない日常や人々との会話の中にあるドラマを構築する能力に長けているのが山下敦弘監督なのだ。