映画『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』の概要:なんと言っても、世界を代表する名匠が集まった、映画ファンには生唾もののオムニバス映画だ。フィンランド代表のアキ・カウリスマキ。ポルトガル代表のペドロ・コスタ。スペイン代表のビクトル・エリセ。そして、同じくポルトガル代表の世界で最年長だった映画監督マノエル・ド・オリヴェイラ。名立たる映像作家が集結したオムニバス映画史上、類を見ない傑作だ。
映画『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』 作品情報
- 製作年:2012年
- 上映時間:96分
- ジャンル:コメディ、ヒューマンドラマ、ドキュメンタリー
- 監督:アキ・カウリスマキ、ペドロ・コスタ、ビクトル・エリセ、マノエル・ド・オリヴェイラ
- キャスト:イルッカ・コイヴラ、ヴェントゥーラ、リカルド・トレパ etc
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映画『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』 評価
- 点数:90点/100点
- オススメ度:★★★★☆
- ストーリー:★★★★★
- キャスト起用:★★★☆☆
- 映像技術:★★★☆☆
- 演出:★★★★☆
- 設定:★★★★☆
[miho21]
映画『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』 あらすじ(ストーリー解説)
映画『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』のあらすじを紹介します。
第1話『バーテンダー』
ここは早朝のギマランイス。一人の冴えない中年男性(イルッカ・コイラブ)。彼は、この町で質素なバーを営む、その店の店主。店の開店準備と料理の仕込みのために、毎朝同じ時間に起床し、出勤する。今日も彼にとっては、何も変わらないいつもの朝。店を開け、床にモップを掛け、野菜を刻み、それを煮る。スープか何かを作っているのだろう。ラジオからは、愛の憂いを歌った情熱的な女性歌手の歌が流れている。お店自体は繁盛しているのだろう。矢継ぎ早に次々と、新しい客が入店してくる。だが、どれも彼にとっては、馴染み客ばかり。流行りもしてないが、そこそこ繁盛している小さな大衆食堂と言ったところだ。毎日、常連客が足を運ぶ。そんないつもの客に、いつもの酒を提供する彼。グラスやコップに並々と注がれたアルコール。イスに座って、タバコを吸う男性客。彼もまたすこし冴えない初老の男性。数人の初老男性は、黙々とタバコを吸い、酒を飲む。バーテンダーでもある店主は、客の前でもお構いなしに、開店準備をし続ける。店の外に吊るしてある黒板には、スープ1杯1.80ユーロと書かれている。まだまだ暇な店内。
昼になり、通りは通行人で賑わい始める。通りで立ち尽くすバーテンダー。突然、歩を進め向かった先には、向かいのレストラン。そこの看板に書かれたメニューをメモ帳に書き写す彼。悩んだ彼は、黒板に新しいメニューを書き足す。「イワシ油漬け」1.15ユーロと。そして厨房に戻り、その考案したメニューを作り始めるのだった。もう一度店前に戻り、メニューの内容を変更するのだった。ただのスープから“漁師のスープ2.50ユーロ”と書き足した。そして、自分が作った料理を味見する彼。余程、味が不味かったのか、彼は店を抜け出し、向かいの食堂へ。表の看板には「すぐ戻ります」と言うプレートを掛けている。そこでスープをオーダーした彼は、それに口を付けてみる。無言で窓の外を眺め続けている。
場面は変わり、ダンス会場で自身と同じ年くらいの初老の女性とステップを踏んでいる。BGMの軽快な音に合わせて軽やかに踊り続けている。それは、バーテンダーの単なる妄想彼。バックでは哀愁漂う音色で歌をシンガー。赤い花束を持って、バス停で佇む彼。誰かを待っているようだが、バスが到着しても老夫婦以外、誰も降りて来なかった。女性と約束していたのだろうか?ショックを受けた彼は、花束を路上に捨て、帰路に着くのだった。暗い家で好きな酒を飲んでいる。ラジオではスポーツ観戦が流れている。最後に男性の気持ちを表現するような哀愁漂う曲が流れて、幕引き。
第2話『スウィート・エクソシスト』
木の上には2人の黒人男性。木の下には1人の黒人男性が佇んでいる。1人の黒人の子供が「戻って来い。ヴェントゥーラ」と囁く。闇夜の静寂を切り裂くように、赤い大型バイクが騒音を立てている。別の黒人男性が「ヴェントゥーラ」と叫ぶ。一体ヴェントゥーラは何者なのか?森を歩く黒人。じっと一点を見つめる初老の黒人男性。彼らは一体、何者なのか?崖を伝う者、何かを囁いている者。ニタニタ笑う者もいる。
場面が変わり、ここはどこかの建物。病院なのか、寝巻き姿の黒人男性(ヴェントゥーラ)が1人。エレベーターを待っているようだ。白衣を着た人がエレベーターから降りてくる。そのエレベーターに乗り込む男性。黒人男性はだいぶ年を召された老人。その老人の横には、軍服姿の一人の兵士。どこからともなく苦しそうな声。老人の両手が震えている。その苦しそうな声に答える老人。「日陰を」と発する声に老人は「太陽などない」と答える。次に「日陰に連れてけ」と言われれば「日陰だ」と答え、「落ちつけ」と一言。ここから2人の会話が始まる。その会話に途中、子供の声が割って入る。革命軍の味方か?人民の味方と問うて来る。また別の男性の声で30年ぶり、いや37年ぶりだなと、昔を懐かしむ声が。老人は他愛ない話を延々と誰かと話している。まるで、戦争を体験した者の口ぶりだ。隣の兵士は目を瞑って、じっと立っている。「これは革命だ。ここに38年間閉じ込められている。」とまたどこかから声がする。この声の主は、過去にポルトガルで起きたカーネーション革命で共に戦った戦友たちの声なのかもしれない。当時の戦地での苦労話を淡々と語っている。主人公のヴェントゥーラは、カーネーション革命の被害者なのか、そのクーデターに参加した軍事者なのかもしれないが、どちらにしても彼は職を失い、家を失い、家族を失い、自身の理性まで失って、今は病院=精神病院に30年以上、収容されているのかもしれない。会話の脈絡からきっと、ヴェントゥーラはいち一般市民の身であの革命に巻き込まれたのであろうか?この内容を汲み取るのは、なかなか難しい。どこからか分からないが、聞こえてくる声は彼の頭の中で聞こえる声だろう。頭を抱える兵士を前にして、突然歌いだすヴェントゥーラ。その内容は、過去の労働の苦労がひしひしと伝わる内容。頭の中で聞こえる声のほとんどが、隣にいる兵士の声だろう。その声が、歌で心を動かせるとでも思うのか?訴える。今度はヴェントゥーラが、頭を抱えている。頭の中の兵士の声が、彼に語り掛けている。また他愛もない話を。ヴェントゥーラと兵士の間で様々な会話が成されて来たが、最後に兵士が彼にこう伝える。「その握り拳の中に花が咲く。別の花が」そう言われた後、ヴェントゥーラはエレベーターを後にする。
場面が変わり、ヴェントゥーラは外にいる。両手を震わせながら。岩場の陰にパーカーのフードを被った若い黒人男性。「医者に行ったのか?」と聞けば「医者なのか?ヴェントゥーラ」と問いかける。その問いに彼は「医者だ」と答えれば、黒人男性はそっと微笑んだ。
第3話『割れたガラス』
最初に字幕スーパーで説明が入る。1845年創業のリオ・ヴィゼラ紡績繊維工場は20世紀初頭には欧州第2の繊維工場へと発展した。ヴァレ・ド・アヴェ地方サント・ティルソにある工場は1990年経営危機に陥り2002年に閉鎖。現在は“割れた窓ガラス工場”と呼ばれている。
画面一面には割れたガラスが映し出されている。かつての工場の食堂。食堂の中には大きな一枚の写真が飾られている。最も工場が反映した時代に食堂で撮られた1枚でしょう。その写真の前で年を重ねた男女へのインタビューが始まる。
まず1人目はアマンディオ・マルティンス75歳。彼は結婚して51年。大家族に囲まれて余生を過ごしているが、この工場に勤め始めたのは12歳の時。掃除夫としてのことだった。ほうきが支給されないため、家から持参だったらしい。機械が好きだった彼は、社主が修理工を探していると聞いて、事務所を訪ね、修理工になりたいと訴えた。社主は本当になれるのか疑い、彼に工具はあるのか問うた。彼には工具がないが、この器用な両手があれば十分ですと答え、修理工に抜擢された。過去には事故もあったという。機会に巻き込まれ負傷した。幸い治ったものの、元の指先には戻らなかったという。次にローラーの事故で、左小指を潰したと言う。完治はしたらしい。3度目は修理中に機械の一部が指先に落下。52年間の勤めで3度負傷した掌や指先。彼は負傷した両手を、私の道具だと説明する。
2人目は女性。マリア・デ・ファティマ。彼女もまた12歳の頃からこの工場で働き始めている。彼女の家庭は9人兄弟の大家族。学校は10歳、4年生まで通っていた。彼女の祖父、両親も、この工場で働いていた。彼女の父親が家に1台のテーブル持ち帰ったことがあったらしい。それは、後ろの写真に写ってある食堂の机。工場から買い取ったと、彼女は言う。その日が彼女にとって、初めての“食卓”だったというのです。それまでは、そのようなことがなかったと言います。今までは大家族が床に座り、食事をしていたという。9つの頃、よくこの工場に足を運んでいたと言うのです。下の子供が赤ん坊のため、乳をあげるためである。当時の若い母親は皆、そうであったのです。皆仕事場で授乳をしていたと言うのです。大広間の食堂で仕事の合間に授乳をしていたそうです。時間は30分。彼女自身が遊べるのは、その30分だけだったという。遠くから弟をおんぶして、毎日い続けたそうです。雨の日も、晴れの日も。毎日です。来る時は赤ん坊が泣いていて、帰る時は泣き止んでいた。きっとお腹空いていたのでしょう。彼女はこの工場で働き、結婚し、子供も産みました。末の子が産まれた時には、長女が赤ん坊をここに連れて来て、彼女が授乳をしていたそうです。彼女のお母さんが昔、していたように。この同じ食堂で。独裁政権が終わり、暮らしは上向きだったという。でもやっていたことは、昔も今も変わりない。人生はそんなもの、と言う彼女。まるで車輪のよう。と言うのは彼女の祖母。“どんなに頑張っても、車輪一つじゃ進めない”と…。
3人目もまた女性。ローザ・ゴンサルベス。30年前に工場勤め。彼女の実家は農家。畑仕事とは全く別だったが、彼女もまた工場務めが好きでした。25歳で結婚、2人の娘がいる。1人目の時、お乳をあげるのに、もらえた時間は先の方と同じ30分。授乳のために、子守を雇ったが、行きに10分、帰りに10分、授乳時間はたったの10分だけ。当時は苦労が耐えなかったという。彼女は工場での仕事は、縫製を担当後、紡ぎの担当を行っていたらしい。最後は倉庫で重い台車を運んでいたが、どれでもきつくしんどくても、彼女はこの仕事が好きだったという。ただ、一つだけ心残りがあるという。彼女自身、成績が良く、学業も好きだったが、両親は学業を反対。事務の仕事がしたかった彼女。担任の教師が、ご両親を説得しようとするも、母親は“娘の学校は畑だ”と、教師の説得を突っ撥ねる。考え方が硬い昔の人。振り返ってみれば、覚えていた事も忘れた事もある。楽しい思い出は胸に留め、悪い思いではすぐに忘れるのが一番と、彼女は語ります。今思うときつい仕事だったからこそ、くよくよ悩む時間さえもなかったんだと、彼女は言います。
他に男女数人が、工場での体験を語っていきます。上の3人同様に労働条件は厳しいもの。家庭も貧しい人ばかり。ただ皆、辛い思い出はなく、工場に対する誇りはあったという。ある男性は馬車馬のように倒れるまで働かされていたが、まったく辛くなかったという。ある女性は田舎育ちで、工場勤め。彼女の人生の転機は、結婚をすっぽかした事。相手の男性が無一文だったのに、大嘘付だったから、結婚も工場も捨て、フランスに逃亡。子沢山の裕福な家で家政婦としても働くも、その仕事も止め、北フランスのノルマンディーへ。そこでは牧畜を行い、多くの動物たちと触れ合った。フランス人の恋人も出来たが、それも別れ再びポルトガルに、この工場に勤めるようになったが、すぐに閉鎖されてしまったと言う。
また違う女性は14歳からこの工場で働き始めた。初日目の記憶は鮮烈に覚えていると言う。出勤途中に大雨が降り、ずぶ濡れで出社した思い出を楽しそうに語ります。閉鎖そのものに落胆した彼女。20年以上も働いた工場が、まさか閉鎖されるなんてと…。また製糸工場は、女性には向かない仕事だとも言います。彼女自身、よく自問したと言います。機械の騒音のせいで、鼓膜の機能が低下し、移植手術をした経験があると言うのです。いつも騒音で悩まされていたが、耐えるほかなったと言います。また耳栓をしていい時もあったが、会話がままならなかったと言います。耳栓か会話か、選択を迫られたとも語る。彼女は会話を優先したと言います。また仕事がしたいと語ります。失業者の募集は若者ばかり。彼女の年齢では、希望が持てないと肩を落とします。
最後に、写真の前で若かりし頃の工場勤めでの思い出を語った彼は、写真に向かってそれぞれの想いを吐露します。厳しい労働条件に、その環境下。写真を見て、受ける感情は様々。でも写真に写る彼らは質素で、皆貧乏だった。重労働を強いられた彼らにとって、工場の閉鎖はあまりにも落胆すべきことだったのでしょう。
第4話『征服者、征服さる』
画面いっぱいに広がる城壁。それに沿って、ゆっくり進むカメラ。ガイドの声でここが、どんな場所なのか、説明が入る。「ブルゴーニュ家エンリケ伯の子アフォンソ。母はカスティーリャ=レオン・ガリシア王。アルフォンソ6世の娘テレサです。テレサの父は持参金として、ポトゥカーレ伯領を譲渡しました。その都ギマランイスは騎士ヴィマラ・ペレスが、興したと伝えられています。」どこまでも続く城壁に沿って、一定のカメラの位置のまま、物語は進みます。そうここが、歴史地区ギマランイスの発祥の地なのです。この後も続くガイドのその土地の解説。約1分間の長回しが続き、バスの中の風景が映し出されます。ツアーのガイドの話しに耳を傾ける女性。彼女は、このツアーの参加者だろう。ガイドの話しはまだまだ続きます。そう、このポルトガルと言う国家が形成される原点だとも言われる歴史的な地区なのです。それを淡々と語るガイド。耳を傾けるツアー参加者たち。城壁とバス車内を交互に約2分間の長回しが終わり、場面が変わります。
ここはギマランイスの広場の一つ。ここで初代ポルトガル王が誕生した。そこに数台に分乗された大型バスが、登場します。1台のバスから降りてきた、ここ歴史的な場所に不釣合いな男(リカルド・トレパ)が、このツアーのガイド役。ここからツアー参加者を歴史的に見ても、最も古い広場に連れて行く男。狭い路地を先頭に、彼の後に付いて行く数百人の参加者たち。路地を抜けて、開けた場所に到着した彼ら。ハンドマイクを片手に、またポルトガルの歴史を説明し始めるガイドの男性。そこには数々の歴史的建造物や銅像が立ち並ぶ、荘厳とした場所。その銅像の中にはポルトガルを征服した英雄の銅像もあります。彼ら参加者と対角線に、数名の騎馬隊の姿があります。過去には征服者の元、騎馬隊が集められ、彼らが征服を助長しましたが、今ではそれは昔話。ここでガイドの男性が一言。「ご覧下さい。撮影を止めない観光客により、征服者は征服されました」とコメディタッチな解説が入り、物語は終わりを迎えます。
映画『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』 感想・評価・レビュー(ネタバレ)
映画『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』について、感想・レビュー・解説・考察です。※ネタバレ含む
4つの短編と4人の巨匠たち
本作『ポルトガル、ここに誕生す ~ギマランイス歴史地区~』をジャンルで分ければ、オムニバス映画になるだろう。オムニバス映画とは、複数の映画監督が一つのテーマではあるが、それぞれ違った主体性やアプローチで物語を形成してゆく手法だ。オムニバス映画の元祖は1932年に公開された『百万円貰ったら』と言う脚本家18人と著名な監督7人の名前が連なる作品が、起源と言われている。でも実際には、1916年の公開のアメリカ映画の父ことD・W・グリフィス監督制作による『イントレランス』もまたある意味オムニバス映画とも言われている。近年の多くのオムニバス映画が数多く公開されているが、本項目では本作『ポルトガル、ここに誕生す ~ギマランイス歴史地区~』の4つの作品について、より詳しく解説していきたい。
第1話『バーテンダー』の監督は、フィンランド出身の20年ポルトガル在住のアキ・カウリスマキ。彼は90年の『レニンラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』で注目を浴び、2002年の『過去のない男』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞。彼の兄でミカ・カウリスマキも映画監督。彼らは兄弟監督として、第一線で活躍をする。ミカ・カウリスマキの作風は、オフビートの効いた笑いを全面に出し、過度な演出を避け、役者の仕草や演技を極力少なくした特徴的な演出法だ。その一方で、従来のテーマでもある主人公の突然の死、犯罪、旅、音楽など映画の一般的な文法を用いながらも、社会の底辺に生きる労働者や失業者が踏みにじられながら、未来に向かって回復する姿を描く。本作の短編『バーテンダー』では下町のレストランを経営する中年男性の1日を静かなタッチで綴られている。主人公のバーテンダー役には彼の代表作『街のあかり』で主人公を好演したイルッカ・コイラブ。本作でも寡黙な男性を演じている。
第2話『スウィート・エクソシスト』の監督は、ポルトガル出身のペドロ・コスタ。世界でも類を見ない演出で、どの作品でもその存在感を発揮。独特な演出と難解な物語は観る人を選ぶような作風が多い。デビュー作は1989年の『血』日本では2000年に公開された『ヴァンダの部屋』で注目を集めた。彼の映画制作は一風変わっており、演者は皆その街の素人ばかり。舞台設定にも拘りがあり、『骨』『ヴァンダの部屋』『コロッサル・ユース』で一貫して描かれるのはポルトガルの首都リスボンの“フォンタイーニャス地区”を舞台に若者や老人、ドラッグや貧困といった社会的テーマを盛り込みながら、定点カメラで主人公の動きを捉える手法だ。『コロッサル・ユース』で主演を務めたヴェントゥーラを本作でも器用されている。本作の短編『スウィート・エクソシスト』は1974年にポルトガルで起きたカーネーション革命に材を得た異色作。エレベーターと言う密閉した空間で繰り広げられる、革命に参加した兵士と革命時に移民としてポルトガルにいた黒人の掛け合いを描く。捉え方が少し違うかもしれないが、私はこの作品を反戦映画として捉えることができるんじゃないかと思う。
第3話『割れたガラス』の監督は、スペイン出身のビクトル・エリセ。往年の映画ファンにとって彼の新作(短編であっても)が公開されるのは、喜ぶべきことでしょう。世界には寡黙な監督が多くいる。アメリカのテレンス・マリック。フランスのレオス・カラックス。スウェーデンのロイ・アンダーソン。彼らは皆、数年、または数十年に1本というゆっくりとしたペースで、作品を世に送り出している。ビクトル・エリセもまた寡黙な監督だ。彼は1973年に『ミツバチのささやき』で長編デビューし、本作で高い評価を得るも、それから沈黙を続け、10年後の1983年には『エル・スール』を。1993年にはドキュメンタリー映画の『マルメロの陽光』を発表するも、彼が制作した長編映画はこの3作のみ。他に『ミツバチのささやき』を制作する前にオムニバス映画『挑戦』の最終章で短編デビューをしている。2002年のオムニバス『10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス/ライフライン』でも高い評価を得ている。先に述べた監督たちの中でも特に寡黙として知られる彼の最新作は、まさに映画ファンにとって期待が大きい。本作の短編『割れたガラス』は、歴史地区ギマランイスとはあまり関係がない、廃業した紡績繊維工場で労働者として働いていた方たちにインタビュー形式で、重労働の厳しさ、雇用問題への提起などの社会問題を重厚なタッチで綴った作品になっている。物語の冒頭にはテロップで“ポルトガルでの映画のためのテスト”という文字が入るが、今後数年の間に、もしかして彼はポルトガルで新作を制作するかもしれないと言う期待が、映画ファンの中で高まっている。
第4話『征服者、征服さる』の監督は、ポルトガル出身のマノエル・ド・オリヴェイラ。彼は2015年4月2日に亡くなるまで世界でも最高齢の106歳の映画監督だった。彼の監督デビューは23歳からだと言われているが、幾度かの監督休業休眠を経て、63歳に発表した『過去と現在 昔の恋、今の恋』で注目を浴びるようになる。その後コンスタントに作品を撮り上げ『ノン、あるいは支配の虚しい栄光』や『アブラハム渓谷』『メフィストの誘い』等といった作品を世に送り出している。『クレーヴの奥方』でカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。これを皮切りに秀作を作り続けている。2000年以降は1年に1本と言うハイスピードで作品を制作。どの作品の高水準の作品ばかりだ。近年の代表作には『家路』『永遠(とわ)の語らい』『夜顔』『コロンブス 永遠の海』『ブロンド少女は過激に美しく』『家族の灯り』等がある。本作の短編『征服者、征服さる』では、本作のテーマでもある歴史地区ギマランイスを舞台に、ツアーガイドと旅行者の掛け合い、そしてポルトガル発祥の地をガイドが紹介すると言う物語だが、物語のオチはタイトル通りのオチがしっかり付いているユーモアが盛り込まれている。余談だが、ガイドの男役には監督の孫でもあるリカルド・トレパが好演。彼は『家路』以降、オリヴェイラ作品に欠かせない名役者だ。
幻の5人目の監督が存在した
本作『ポルトガル、ここに誕生す ~ギマランイス歴史地区~』には、参加するはずだった幻の監督がいたのは有名だ。彼の名は、ジャン・リュック・ゴダール。映画通なら誰もが知っている20世紀の巨匠だ。フランスのヌーヴェルバーグを牽引してきたゴダール。本作のプロデューサーが彼にオファーをした時、彼は3Dで作品を制作したいと意見を述べた。制作側としては2Dと3Dとの共存はできないと考え、ゴダールの考えは却下。その後、ゴダールはこのプロジェクトから離脱。この作品でゴダールの作品を見ることはなくなった。その代わりに、2014年に彼の最新作が日本でも公開された。タイトルは『さらば、愛の言葉よ』と言う84歳にして初めての3D作品。前作の『ゴダール・ソシアリスム』から実に4年ぶりの作品で、彼にとって紛れもない意欲作であろう。もし、本作に参加していれば、彼の3D作品は見られなかったかもしれない。逆に、ポルトガルを題材にした短編を、彼はどのように料理し、味付けするのかも、見ておきたかったものだ。かくして、このプロジェクトを断ったからこそ、生まれたゴダールの新作。やはり彼の3D作品は、短編で観るよりも、長編で観た方が間違いなく価値があるでしょう。私は、彼がこのプロジェクトを断った良かったと思う。
映画『ポルトガル、ここに誕生す ギマランイス歴史地区』 まとめ
この作品『ポルトガル、ここに誕生す ~ギマランイス歴史地区~』、オムニバス映画と言う括りから違う視点で見ると、この作品は観光映画に過ぎない。もしくは観光地をPRするPR映画とも見て取れる。この作品を観るか観ないかで言えば、観なくてもいい映画でしょう。ただ、これに付随して観る価値が増すのが、このプロジェクトに参加した映画監督にあるのでしょう。アキ・カウリスマキ、ペドロ・コスタ、ビクトル・エリセ、マノエル・ド・オリヴェイラ。彼らの存在価値そのものが、この映画の価値を高めていると、私は思います。稀代の映像作家が、自身の芸術性を表現した本作は、映画史に残る美しいオムニバス、またはアンサンブル映画でしょう。
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