「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」のネタバレあらすじ結末と感想。動画フルを無料視聴できる配信は?

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬の概要:デヴィッド・ボウイの1977年のアルバム「ヒーローズ」。この写真を撮った人物こそ日本が誇る写真家、鋤田正義である。ボウイの素顔を引き出し、以後親交を深めた鋤田の写真の魅力とは。様々な分野で活躍する著名人にインタビューし、鋤田の素顔に迫る。

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬の作品情報

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬

製作年:2017年
上映時間:115分
ジャンル:ドキュメンタリー
監督:相原裕美
キャスト:鋤田正義、布袋寅泰、ジム・ジャームッシュ、山本寛斎 etc

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SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬の登場人物(キャスト)

鋤田正義
写真家。1938年福岡県生まれ。1970年にフリーとなり、イギリスへ単身渡った時にデヴィッド・ボウイを撮影し、これが運命の出会いとなる。以後も意欲的に展覧会を開いたりするなど、現在も現役の写真家である。
デヴィッド・ボウイ
1947年イングランド出身。ミュージシャンとして活躍していたが、次第に俳優としても頭角を現し、マルチな才能が開花した。2016年に肝癌のため死去したが、今なお世界中にファンがいる。
布袋寅泰
ギタリスト。またロックミュージシャンでもある。1962年群馬県出身。鋤田が撮ったマーク・ボランがギターを持つ写真を見てロンドンに行こうと決意したと劇中で語る。
宮原鉄生
デルタモンド、アートディレクター。鋤田とタッグを組んで撮られた広告写真が有名となる。写真家で息子の宮原夢画も劇中に登場している。
糸井重里
コピーライター兼作家。1948年群馬県出身。株式会社ほぼ日の代表取締役社長も兼ねる。デビュー作は『さよならペンギン』。
寺山偏陸
寺山修司義弟、アートディレクター、演出家。1949年兵庫県淡路島出身。
箭内道彦
クリエイティブディレクター。1964年福島県出身。現在は東京芸術大学教授としても活躍している。
高橋靖子
スタイリスト。1941年茨城県出身。1971年に鋤田と共にロンドンへ渡る。その後デヴィッド・ボウイのツアー衣装を担当する。それが皮切りとなり、以降ボウイのフォトセッションなどの衣装担当もこなした。
山本寛斎
デザイナー兼プロデューサー。1944年神奈川県出身。1971年にロンドンでファッションショーを行った日本で初めての人物である。デヴィッド・ボウイのツアー衣装を手掛けたことで、ボウイの「グラム・ロック」のイメージに大きく影響した。
ジム・ジャームッシュ
映画監督。1953年オハイオ州出身。鋤田とは1989年の『ミステリー・トレイン』という作品で共に仕事をしている。

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬のネタバレあらすじ(ストーリー解説)

映画『SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬』のストーリー(あらすじ)を結末・ラストまでわかりやすく簡単に解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬のあらすじ【起】

写真家、鋤田正義はロンドンで布袋寅泰と対談していた。布袋は対談の中で、ロックンロールのイメージの中にはいつも鋤田の写真のイメージがある、と言う。そして、なぜデヴィッド・ボウイは鋤田の前ではいつも自然体でいられたのか、と首をかしげた。

鋤田は福岡県の直方市、炭鉱の町に生まれた。1957年頃、大衆向けの二眼レフが世の中に出回る。鋤田も親に買ってもらい、母親や買っていた犬、近所の子供達を被写体として撮っていた。鋤田曰く、傘を被った横顔の母親の写真からは、自身の試行錯誤の歴史が垣間見えるという。デヴィッド・ボウイの写真も自分の中では思い入れが強いが、もし1枚を選ぶとしたら母親の方を選ぶかもしれない、と笑う。青年となった鋤田は大阪の写真学校で2年間学び、写真家の棚橋紫水の元で門下生となるも、身体を壊してしまう。広告代理店で働く中で、当時新進気鋭だった宮原鉄生に誘われ写真を撮利、一躍有名となる。

鋤田が次に会ったのはコピーライターの糸井重里だ。糸井は1980年過ぎたあたりの頃、鋤田にインタビューしたことがあると話し出す。化粧品屋の息子で、店番をしている時はずっと同じ場所に座って通りの人を見ていた。今も同じようなことをしている気がする、と話す。それを聞いた鋤田は嬉しそうに笑った。

今回78歳で鋤田は里帰りをしていた。新幹線の窓が、と切り出しながら、普段の生活の中ではフレームがないため目線が四方八方に行き意識が集中しない。しかし、カメラを覗くとファインダーの中がフレームであるので「ものを見る」という神経が鋭敏になる。元を正せば学生時代から店番をしていて、通り行く人達を眺める、というのが、目を吹き出した体験としては大きかったのではないか、と考察する。

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬のあらすじ【承】

鋤田はデルタモンドからフリーに転身後、寺山修司の『書を捨てよ街に出よう』のムービーとスチールの撮影両方を行った。寺山修司の義弟であり、演出家の寺山偏陸氏によると、鋤田は作家の意図をすぐに読み取る能力に長けている。寺山と一緒に映画を撮る際にも2人の間には阿吽の呼吸があり、何を言わなくてもスムーズに撮影は進んだ、と話す。

鋤田はニューヨークへと飛んだ。そして同じく写真家のデヴィッド・ゴドリスが撮ったモノクロ写真を前にゴドリスと対談する。ゴドリスの撮る屋外での写真に大きく感銘を受けた鋤田は、自分はシンプルにスタジオで撮る写真が多いため、ゴドリスの写真に憧れると率直な感想を述べる。するとゴドリスは屋外こそが自分のスタジオだ。なんせ街灯があるからだと茶目っ気たっぷりに言い、2人は笑う。

2015年11月、鋤田の写真は写真展ディレクターのアーロン・ジチェによって初めてアメリカで展示されることとなった。とりわけ、デヴィッド・ボウイと鋤田の関係はとても魅力的だと話す。ボウイが京都に魅了されて行く様子が伺え、また、ただのライブ写真ではない、個性的な写真となっていると説明する。その人気ぶりを証明するかのように、3時間で350人以上の人が押し掛けたと説明した。

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬のあらすじ【転】

次の舞台はイギリス、ロンドン。スタイリストとして活躍する高橋靖子は70年代原宿のセントラルアパートの1階にある「レオン」という喫茶店にお互い通っていた、と当時を振り返る。ある日、彼女が鋤田にあるロック歌手のチラシを配ったことがきっかけで交流が生まれる。ロンドンでT ・レックスの写真撮影を行っていた矢先、運命的な出会いに恵まれる。それがデヴィッド・ボウイであった。デザイナーである山本寛斎はその時のデヴィッド・ボウイの撮影、及びツアー衣装を提供した人物だ。山本は当時は摩擦した熱を生んだ時代であったのではないか、と話す。

写真家のロス・フルフィンは、自分にとって鋤田はヒーローのような存在だと言う。T .レックスのマーク・ボランの髪をなびかせギターを弾く写真を例にとり、時間が経った今でも当時の輝きを発し続けていると評価する。

1977年、ボウイがプロモーションのために来日した。鋤田はその時のポートレートの前に立つ。鋤田にとって77年という年は、ポートレートの面白さを再確認すると同時に、相手をよく見るという基本的なことを考えさせられた年であったと振り返る。自分がやりたいように相手に押し付けるのが全てとは思ってはいけない、と考えさせられたと話す。

鋤田はイタリアのラスペツィアの地に降り立った。鋤田の撮ったボウイの写真展が行われているためだ。鋤田はそこでボウイの親友であり、日本が誇る有名な写真家として紹介されていた。ボウイが2016年にこの世を去り、鋤田はそのことを後から知らされて衝撃を受けたと言う。鋤田は、今回の展示会を通して、写真は時を写していく1つの道具であり、写真の持つ力というものを多くの人に知ってもらうというのを今後も続けて行きたいと語った。

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬の結末・ラスト(ネタバレ)

ミステリー・トレイン』のスチール撮影は鋤田が担当した。メガホンを取ったジム・ジャームッシュ監督は鋤田を、細部を見逃さない、信じがたい観察眼で人を捉える人物だと評価する。ジャームッシュ監督が映画で写真集を作ったのはこの時だけだと話す。これ以上のものが作れないからだ。

鋤田はまた、新しい手法を進んで取り入れている人物でもある。是枝裕和監督は『ワンダフルライフ』の中で、鋤田が撮った写真を自らデジタル処理して保存している姿が新鮮だったと当時を振り返る。糸井重里も、鋤田は対象に揉まれずに、流れの中にいる感じだと表現する。鋤田はその言葉を受けて、若い時は技術で写真を撮ってきたけれど、そのテクニックから脱出するのが大変だったと当時を思い返した。

クリエイティブディレクターの箭内道彦は鋤田の性分を、貪欲であり少年のような好奇心がどんどん大きくなっている気がする人物と表現する。その上で、昔はよかったよね、ではなく、今の鋤田がどのような写真を撮るかに興味がある、と話す。

最後に鋤田は3.11の津波で流されてしまった写真を必死に探している家族を思い出していた。写真は「時」を写す道具であるけれど、その写真の持つ重大さを改めて思い知らされたと話す。母親から買ってもらったカメラで「永遠の時」を映し出せることに魅了された。残り少ない時間の中であとどのくらい永遠の時を写すことができるのか、今日も鋤田はシャッターを切る。

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬の感想・評価・レビュー

まず80歳近くになっても現役で活躍しているところがかっこいい。また、大御所と呼べる方なのに一切おごらずにいる姿勢もかっこいい。鋤田さんは本当にカメラが好きで、被写体が好きで、ずっと「好き」に拘って活躍してこられたのだ。ズバリ鋤田正義の魅力とは、と直接的なメッセージがない映画であるけれど、様々な方のインタビューに答えは出ている。そればつまり「好き」であること。「好き」を突き詰めて死ぬまで現役で活躍できるって最高にかっこいい。(MIHOシネマ編集部)

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