映画『植村直己物語』の概要:数々の偉業を成し遂げた実在の冒険家・植村直己の生涯を描いた伝記映画。雪山や極地での過酷なロケに主演の西田敏行が体当たりで挑んでいる。1986年公開の日本映画。
映画『植村直己物語』 作品情報
- 製作年:1986年
- 上映時間:140分
- ジャンル:伝記、ヒューマンドラマ
- 監督:佐藤純弥
- キャスト:西田敏行、倍賞千恵子、古尾谷雅人、若林豪 etc
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映画『植村直己物語』 評価
- 点数:85点/100点
- オススメ度:★★★★☆
- ストーリー:★★★☆☆
- キャスト起用:★★★★★
- 映像技術:★★★★★
- 演出:★★★★★
- 設定:★★★★☆
[miho21]
映画『植村直己物語』 あらすじネタバレ(ストーリー解説)
映画『植村直己物語』のあらすじを紹介します。※ネタバレ含む
映画『植村直己物語』 あらすじ【起・承】
グリンランドで南極大陸横断に向けたトレーニングをしていた冒険家の植村直己(西田敏行)は、一旦日本に帰国する。近所の豆腐屋の娘・野崎公子(倍賞千恵子)に一目惚れした植村は彼女に自叙伝をプレゼントし、公子はそれを読み始める。
農家の次男として生まれた植村は明治大学に進学し、山岳部に入る。初心者の植村は経験豊富な同期の小川正夫に触発され、努力を重ねて登山家として成長していく。植村は就職活動に失敗し、4万円を持って渡米。現地で働いてお金を貯め、フランスへ向かう。
すぐに単独でモンブランへ登ろうとしたが、クレパスに落下して登山を断念。フランスのスキー場で雇ってもらい、お金を貯める。そんな時、小川からヒマラヤのゴジュンバ・カン(7646m)へ登るグループに欠員が出たので参加するよう誘われ、休暇をもらってネパールへ向かう。
小川たちは頂上を目前にした氷壁をどうしても越えられず、植村は第2アタック隊として頂上を目指すことになる。植村は登頂を成功させるが、途中参加した自分が頂上に立ったことに罪悪感を感じ、日本には帰国せずフランスへ戻る。
またスキー場で働きながら、1966年夏にヨーロッパ最高峰のモンブラン(4807m)の単独登頂に成功。秋にはアフリカ最高峰のキリマンジャロ(5895m)の単独登頂に成功する。その後渡米した植村は、1968年1月南米大陸最高峰のアコンカグア(6960m)の単独登頂に成功。9月には北米最高峰のマッキンリーにも挑もうとするが、単独登頂の許可が下りず、10月に4年半ぶりで日本に帰国する。帰国後、小川が交通事故で亡くなったことを知り、植村は強いショックを受ける。
植村は日本での生活に馴染めず、1969年、日本山岳会がエベレストに初挑戦するメンバーの先発隊として再び日本を離れる。この登山では3人もの死者が出るが、1970年5月11日、植村は松村輝男と2人で8848mのエベレスト登頂に成功し、日本人初の快挙を成し遂げる。その3ヵ月後にはついにマッキンリーの単独登頂にも成功し、五大陸最高峰を制するという世界初の記録を樹立する。
1971年4月、植村は一流の登山家で結成されたエベレスト国際登山隊に選ばれ、歯車の一員となって懸命に働くが、各国の隊員たちの意見が対立し登頂は失敗に終わる。この経験で団体登山に懲りた植村は、単独で動ける極地の冒険に目標を変更する。
映画『植村直己物語』 結末・ラスト(ネタバレ)
公子は周囲の反対を押し切って1973年に植村と結婚する。しかし植村には犬ゾリで南極大陸を単独横断するという壮大な夢があり、1974年12月には北極圏の12000キロを犬ゾリで横断するためグリンランドへ旅立ってしまう。
12月20日にグリンランドを出発した植村は、数々の困難に遭遇しながらも1976年5月8日にアラスカへ到着し、北極圏の単独横断に成功する。
植村は公子を心から愛していたが、冒険をやめられない。次はカナダのコロンビア岬から北極点を目指し、その後グリンランドを北から南へ3000キロ横断するという計画を練る。これには約1億円の資金がかかるため、スポンサー企業は大規模な宣伝をして募金を募る。多くの人の協力のおかげで実行の目処が立ち、1978年3月5日、植村はコロンビア岬を出発する。
苦労して乱氷帯を越え、4月29日に北極点へ到達した植村は、すぐにグリンランド横断へと向かう。1978年8月20日に植村は極地探検家の長い夢であったグリンランド横断を成し遂げる。しかし日本で待つ公子は母の死や流産という悲しみに1人で耐えていた。
1979年、植村は世界で最も勇敢な男としてイギリスのバーラー賞とアメリカのアカデミー・オブ・アチーブメント賞を受賞する。植村は南極横断を終えたら北海道に野外学校を作って日本に落ち着くことを公子に約束し、1982年に南極のアルゼンチン基地に入る。しかし出発直前にフォークランド紛争が勃発し、植村は積年の夢を果たせないまま帰国する。
南極横断を諦めた植村は野外学校のやり方を勉強するためアメリカへ行く。しかし植村は最後に冬季マッキンリーへ単独登頂すると決め、公子に電話でそれを報告する。
1984年2月12日、43歳の誕生日に世界初となるマッキンリーの冬季単独登頂を成し遂げた植村は、翌日高度2万フィート辺りで消息を絶ち、14日には公子のもとへ植村行方不明の第一報が入る。その後、明大やアメリカの友人が必死で植村の捜索を続け、植村が残した雪洞や装備品を発見するが本人は見つからず、生存率はゼロとして捜索は打ち切られる。
映画『植村直己物語』 感想・評価・レビュー(ネタバレ)
映画『植村直己物語』について、感想・レビュー・解説・考察です。※ネタバレ含む
冒険家
誰に頼まれたわけでもなく、学術的な調査でもなく、自分がやってみたいから世界の最高峰の山々に単独登頂し、北極圏を犬ゾリで縦断してしまうのが冒険家・植村直己の生き方だ。どの冒険も命がけであり、冷静に考えると“なぜわざわざそんな苦労をするのか?”と思ってしまう面もある。しかし本作を見ると“それが冒険家なのだ”というとても単純な答えに行き着く。冒険家とは、多くの困難を知恵と勇気で乗り越え、未開の地を切り開いてきた人間の原始的な本能に忠実な人のことを言うのかもしれない。
人間・植村直己と夫婦愛
本作は単に勇敢な冒険家としての植村直己だけではなく、植村直己の人間臭さを誠実に描いている。日本では常に劣等感と閉塞感を感じ続け、そのイライラを愛妻の公子にぶつけるわがままで甘ったれな男が植村直己であり、そんな植村はとてもかっこ悪い。2人の結婚期間は約10年だが、一緒に暮らした時間はその半分にも満たないのではないだろうか。公子はずっと孤独に耐え、植村を支え、最後には置いてけぼりにされてしまう。
それでも公子は“一緒に暮らせて幸せでした、めぐり逢えて良かった”と言っている。突然一人ぼっちにされた公子の心情を思うとどうしても泣けてくるが、植村直己は冒険家としても人間としても、最高に幸せな男だと私は思う。
迫力満点の映像
一体どうやって撮影したのかと思うほど、本作の映像は迫力に満ち溢れている。近景、遠景、全景と様々な角度から過酷な自然に挑む男たちの姿を映し出し、世界最高峰の山や極地の雄大な自然の脅威と美しさを圧倒的な映像で再現している。
映画の撮影とはいえ、極地でのロケが危険であることに変わりはなく、重たい機材を運ぶだけでも相当な労力だっただろう。西田敏行を始めとするキャストたちの体当たりの演技も素晴らしいが、これを撮影したスタッフ一同の忍耐と努力もすごい。執念さえ感じた。
植村直己という人物を知ったのは小学生のとき。学級文庫にあった彼についての本を見て存在を知りました。大人になってあの頃を思い出し今作を鑑賞しましたが、まず感じたのは本では感じられなかった臨場感。そして植村直己の過酷すぎる人生でした。
正直、彼はかなり変わり者だっただろうと思います。人付き合いが上手く無いが故に海外に渡り、結局最後は一人での冒険を目的としていました。そんな彼が何故結婚できたのか、妻に愛されたのか疑問に思いましたが、それは彼と接した人にしか分からない魅力なのだろうと植村直己の凄さを改めて感じました。(女性 30代)
本作は、生前に数々の偉業を成し遂げた実在する冒険家の植村直己の半生を描いた伝記ヒューマンドラマ作品。
壮大な自然の中を、己の好奇心の赴くままにどこへでも突き進む植村直己を見て、冒険家とは本当に素晴らしい職業だと思った。彼の人間性も垣間見え、その人間らしさがまた良かった。
ただ、10年という結婚生活の中、植村の背中を見守り続け孤独でいたにもかかわらず、最後には本当に一人になった愛妻の公子を思うと胸が締め付けられるような思いだった。それでも幸せだったと語る公子もまた素晴らしかった。(女性 20代)
映画『植村直己物語』 まとめ
近年の日本映画ではまず見られないスケールの大きな大作であり、時代を超えてこれからも多くの人の目に触れてほしい作品である。特に今の若い世代がこの作品を見ると“邦画にもこんな映画があるんだ!”と驚くのではないだろうか。
山岡久乃、乙羽信子、大滝秀治、古尾谷雅人など、今は故人となってしまったキャスト陣の顔ぶれも豪華だ。1980年代の日本はこんな豪勢な映画を製作できるほど景気が良かったのだなあ…と改めて感じた。こんなスケールの映画は、邦画ではもう二度と作れないかもしれない。そういう意味でも、とても貴重な作品だ。
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