大人の恋愛映画のおすすめランキング10選 | MIHOシネマ

大人の恋愛映画のおすすめランキング10選

大人の恋愛というのは、青春時代のそれと違って、いろいろと複雑な事情が絡みがちだ。そのため、ここで紹介する作品を少女漫画を読むような感覚で見てしまうと、ガッカリするかもしれない。しかしその分見応えはあるので、自分を大人だと思う人は恋愛映画を選ぶ時の参考にしてほしい。

大人の恋愛映画のおすすめランキング10選

第1位 ひまわり(1970)


結婚直後に戦地へ向かった夫アントニオの帰りを待ち続けているジョバンナは、終戦後、アントニオがソ連で消息を絶ったという話を聞き、ひとりで現地へ向かう。そこでジョバンナは、アントニオがロシア人女性と結婚し、幼い娘まで生まれていたという残酷な現実を知る。アントニオへの想いを断ち切り、新しい結婚生活を始めたジョバンナを、今度はアントニオが追いかけてくるのだが…。

大人の恋愛映画と言えば、どうしてもこの作品が真っ先に頭をよぎる。簡単に言えば、戦争によって引き裂かれた男女の悲恋ものなのだが、ソフィア・ローレンの凛とした美しさや、マルチェロ・マストロヤンニの男の魅力、そして広大なひまわり畑の美しい映像とヘンリー・マンシーニのテーマ曲があまりに切なく、深い余韻がいつまでも胸に残って消えてくれない。この感覚は、やはりそれなりに恋愛経験を積んだ大人でないと、なかなか分からないのではないだろうか。

一目で恋に落ち、活き活きとした表情で甘い新婚生活を楽しんでいた2人が別れてしまったという現実はとても悲しい。それでも、人間は前を向いて生きていくより仕方なく、どこかで過去に踏ん切りをつけねばならない。そして今、目の前にある日常に対して誠実でなければ、多くの人を不幸にしてしまう。

アントニオを見送るジョバンナを見て、“なんで追いかけないの!”などと言っているうちはまだまだ甘い。彼女の切なさと強さが理解できるようになれば、成熟した大人の仲間入りである。

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第2位 ブロークバック・マウンテン


夏の間、ワイオミング州のブロークバック・マウンテンで羊の放牧を手伝う仕事で一緒になったイニスとジャックは、2人だけの時間を過ごすうち、友情を超えた恋に落ちる。しかし、2人は禁断の関係を隠してそれぞれ女性と結婚し、家庭を持つ。それでも、2人はお互いを忘れることができず、人目を忍んで逢瀬を重ねるようになる。そんな2人の愛の結末とは…。

イニスとジャックは男同士で愛し合っているが、2人とも完全な同性愛者ではない。イニスは長年付き合ってきたアルマと結婚し3人の子供の父親になっているし、ジャックも後にラリーンという女性と結婚し、子供を作っている。しかし、結婚して父親になっても2人は激しく求め合い、熱烈に愛し合う。まさに愛の狂気である。

この設定は、“どうしようもないほど愛してしまった人がたまたま同性だった”という、この愛の悲劇性を高めており、こちらとしても“本当にどうしようもないないんだなあ…”と妙に納得してしまう。奥さんは気の毒だとか、子供はきついなとか、いろいろ思うこともあるのだが、そんなことよりも、この2人を何とか添い遂げさせてあげたいと願ってしまうのがこの作品のすごいところ。

大人の恋愛映画としてあえてこの作品を選んだのは、死ぬほど愛しいという感情が、非常に上手く描けているからだ。イニスとジャックの愛には、全く打算がない。彼らを結びつけているものは、ただ“愛”のみ。不純物の一切ない恋愛関係というのは、なかなか成立しにくい。そして彼らの愛はとても重い。ゲイ映画というより、恋愛映画の傑作として、この作品は長く愛されていくだろう。

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第3位 カリートの道


元麻薬王のカリートは、親友の弁護士デヴィッドの尽力により、5年で刑務所を出所する。カリートは金が用意できたら足を洗い、できれば元恋人のゲイルと一緒に、バハマで静かに暮らしたいと思っていた。しかし、薬物中毒となったデヴィッドの暴走により、マフィアに追われる身となってしまう。

カリートはかなり有名な麻薬王だったのだが、裏社会のゴタゴタに嫌気がさしており、本気で足を洗いたいと切望している。カリートがそこまで思ったのは、刑務所に入る前に付き合っていた恋人ゲイルの存在が大きく、出所してすぐに彼女と会う。ゲイルは大きな舞台に立つことを目指しているダンサーなのだが、いろいろと苦労を重ね、現在はストリップダンサーをして生計を立てている。

この作品は確かに犯罪映画であり、銃撃戦などのアクションシーンも多い。しかし、鑑賞後長く心に残るのは、カリートとゲイルの切ないラブストーリーの方だ。

何しろ、カリートを演じたアル・パチーノがかっこいい。ゲイルのことを愛しているし、早く彼女を抱きたいのだが、年齢を重ねたカリートは、彼女を強引に奪うことができない。しばらくもどかしいやりとりがあって、ついにカリートとゲイルが再び結ばれる時のシークエンスは、ときめきメーターが振り切る。

個人的にアル・パチーノが大好きということもあるのだが、この作品のアル・パチーノが放つ男の色気は、数々の出演作品の中でも、群を抜いている。大人の男が持つ色気というのは、内側から滲み出てくるものなので、ルックスや演技だけでどうこうなるものではない。無精髭も、顔に刻まれたシワも、少し疲れたような表情も、猛烈にセクシー!大人フェロモンとは何かが、この作品のアル・パチーノを見れば分かるはず。

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第4位 道(1954)


あまり頭は良くないが、純粋無垢な心を持ったジェルソミーナは、粗暴な旅芸人のザンパノに金で買われ、彼と旅に出る。無欲なジェルソミーナは、貧しい旅暮らしの中にも小さな幸せを感じるようになるが、ある事件がきっかけとなり、彼女の心は壊れてしまう。

あまりに有名なフェデリコ・フェリーニ監督の名作である。どちらかといえば、ヒューマンドラマとしての色合いが濃いが、何度か見ると、この作品がとても切ないラブストーリーであることがわかってくる。

ジェルソミーナは成人女性だが、大人の友人や恋人はいなかったはずだ。彼女にとってザンパノは、初めて深く付き合った大人の男であり、嫌々ながら処女を捧げた相手でもある。ザンパノはがさつな暴力男で、容姿も野獣のようである。それでも、ジェルソミーナは明らかに女性としてザンパノを愛するようになっていく。ザンパノが他の女を買うことに傷ついているし、彼に愛されたいと願っている。

ザンパノも、ジェルソミーナには特別な感情を持っているようだが、悲しいかな、ザンパノは人を愛する術を知らない。おそらく、劣悪な環境を生き抜いてきたザンパノには、細やかな人間の愛情や、微妙な心の機微を察する能力がない。そのため、ずっとジェルソミーナに寂しい想いをさせている。

そんな2人が迎える結末はあまりにも悲しい。とても悲しいのだが、夜の海岸で泣き崩れるザンパノの姿には救いがある。それは、ジェルソミーナがやはり愛されていたのだという救いと、ザンパノが人間らしい心を取り戻したという二重の救いだ。ニーノ・ロータの音楽と合わせて、胸に突き刺さるラストシーンだ。

詳細 道(1954)

第5位 暗い日曜日


1930年代のブダペスト。レストラン経営者のラズロと恋人のイロナは、店のピアニストとしてアンドラーシュという青年を雇う。アンドラーシュは美しいイロナに一目惚れし、彼女の誕生日に「暗い日曜日」というピアノ曲を贈る。ラズロは惹かれ合う2人を許し、三角関係を公認する。この関係は上手く続いていたのだが、ナチスの台頭により、3人は破滅へと追い込まれていく。

まず、「暗い日曜日」とは1933年にハンガリーで発表された歌で、なぜが聴いた人を自殺に導く曲として有名になってしまった。しかし、自殺とこの曲の因果関係がはっきり証明されたわけではなく、そこはあくまで噂話の域を出ない。

本作は、その話にヒントを得て書かれたニック・バルコウの同名小説を映画化したもので、前半はラズロとイロナとアンドラーシュの恋愛模様、後半はナチスドイツの台頭でユダヤ人のラズロが危機にさらされるという展開から、戦争によって踏みにじられていく人間の尊厳について言及している。

いろいろなテーマが盛りこまれた作品なのだが、この作品を大人の恋愛映画として選んだのは、前半部分の3人の関係が非常に印象的だからだ。ラズロは、とにかく器の大きな人間で、愛するイロナがアンドラーシュのことも愛しているのなら、その気持ちを受け入れ、自分も彼と良き友になろうとする。これはなかなかできることではない。当然アンドラーシュは難色を示すのだが、ラズロと親交を深めていくうち、この不思議な三角関係を受け入れるようになっていく。イロナは最初から“2人とも愛している”と正直に言っているので、男2人がこの関係を認めてくれるのならば、それはありがたいだろう。

常識的に考えると異常な関係に思えるだろうが、3人を見ていると“これもありだな”と思えてくる。他人に迷惑をかけず、本人たちも納得しているなら、愛の形は自由でいい。

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第6位 恋愛小説家


潔癖症の恋愛小説家メルビンは、誰もが認める偏屈男。そんなメルビンがシングルマザーのキャロルに恋をして、どうすれば彼女に愛されるかを考え始める。しかし、初めて心から女性を愛した中年男の前途は多難だった…。

主演のジェック・ニコルソンとヒロインのヘレン・ハントが、第70回アカデミー賞で、主演男優賞と主演女優賞をダブル受賞した恋愛映画で、偏屈すぎる中年男の一途な恋を、コミカルに描いている。

まずは、ジャック・ニコルソンが演じたメルビンの人物像が非常に面白い。メルビンは超ド級のマイペース男で、自分の意に沿わない他人をクソミソにけなす。さらに異常な潔癖症なので、レストランにも自前の使い捨てフォークを持参し、1度使った石鹸はゴミとして捨ててしまう。当然、友達はひとりもいない。

そんな男に気に入られてしまったのが、レストランで働くシングルマザーのキャロル。キャロルの方は病弱な息子を育てるのに手一杯で、恋愛どころではない。キャロルは生活に追われて老いていく自分の境遇に惨めさを感じており、女としての自信を失っている。

この中年男女の恋愛に、ロマンチックなムードや派手さはない。しかし、人生経験を重ねてきた大人だからこそ、恋愛という新たな冒険に踏み出すことへの戸惑いや恐れがあるわけで、この作品はその辺の葛藤をとても上手く描いている。中年のおじさんとおばさんが、“どうして上手くいかないんだ…”と悩み苦しんでいるのは気の毒だが、その人間臭い不器用さが共感性を呼び、2人の恋を心底応援したくなる。ジャック・ニコルソンとヘレン・ハントというキャスティングも絶妙だ。

他にも、グレック・キニアの演じるゲイの画家や、彼の飼い犬バーデルという脇役もかなりキュートなので、全体に楽しく見られる恋愛映画となっている。バーデルは、メルビンに変化をもたらす重要なキーマンなので、彼の活躍にも期待してほしい。

詳細 恋愛小説家

第7位 恋におちて


クリスマスのマンハッタンで出会ったフランクとモリーは、偶然乗り合わせた電車で言葉を交わすようになる。2人にはそれぞれの家庭があったが、いつの間にか本気で愛し合うようになり、この関係に悩み始める。

ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープという鉄板のキャスティングで、不倫関係に悩む中年男女の葛藤を綴った王道の恋愛映画。日本では、鎌田敏夫が脚本を担当した大ヒットドラマ「金曜日の妻たちへⅢ・恋におちて」の劇中でこの作品が使われており、ドラマの内容にもかなりの影響を与えている。

いよいよ?恋愛一色の恋愛映画の登場である。この作品のいいところは、不倫ものだが肉欲に溺れていない点だ。デ・ニーロとメリルの関係はギリギリのところで一線が保たれ、セックスをするまでに至っていない。

フランクとモリーはとても真面目な男女であり、お互いと出会うまで、浮気経験は1度もなかった。フランクの方には子供もいて、それなりに円満な家庭。ただ子供ができてから、妻との関係に微妙な変化が生じている。モリーの方は、2年前に生まれたばかりの子供を亡くし、それ以来、夫とはギクシャクした関係が続いている。そんな時期に2人は出会い、あれよあれよと言う間に惹かれ合っていく。

その後いろいろあるのだけれど、結局のところ“好きになってしまったものはどうしようもない”ということだ。フランクの妻がモリーの存在を知って激怒するシーンがあるのだが、そこで“セックスはしていません”という夫に平手打ちを食らわす。“その方がもっと悪い!”とはもっともな意見で、それはつまり本気で愛しているということなのだから。

下品な不倫ものは、肉欲に溺れる男女を描きがちだが、この作品にそういう下品さはない。とても純粋に、もどかしい恋の顛末を楽しめる作品となっている。

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第8位 男と女


子供同士が同じ寄宿学校に通っていたことで知り合ったアンヌとジャン・ルイは、連れ合いに先立たれた境遇も同じで、互いの身の上話をするようになる。男と女として互いを意識するようになった2人は、これが真実の愛なのか葛藤し始める。

クロード・ルルーシュ監督が29歳の時に製作した実験的な作品で、斬新な演出が話題となった。例えば、カラー映像とモノクロ映像を使い分ける演出(現実問題として予算がなかったかららしいが)では、2人のラブシーンをモノクロ映像にしており、それが素晴らしい効果を生んでいる。アヌーク・エーメとジャン=ルイ・トランティニャンのベッドシーンは、絵画のように美しい。

そのほかにも、主演2人の会話はほぼアドリブなので、当然だがセリフ臭くない。ルルーシュ監督は、“ここは、こういうシチュエーションです”という状況説明だけをして、あとは2人に丸投げする。アヌーク・エーメとジャン=ルイは、カメラの回る中で、“こういう時、男と女はどんな会話をするだろう”とリアルに考えながらしゃべり続けなければならず、それは大変だっただろう。そのため、時々沈黙が流れる。しかしそこも妙にリアルなので、見ている側も何となくドキドキしてくるわけだ。

話の内容としては、死んだ夫を忘れられない未亡人といつまでも煮え切らない女にイライラする男の心の葛藤といったところで、それほど面白いものではない。映像の美しさやあの有名な“ダバダバダ”のテーマ曲、さらにアヌーク・エーメとジャン=ルイという美男美女カップルの絵面の良さなど、映画全体の雰囲気を味わう気持ちで見ると、うっとり気分で楽しめるはずだ。

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第9位 妻への家路


ワンイーは女手ひとつで娘のタンタンを育てながら、右派分子とみなされ、収容所送りとなった夫イエンシーの帰りを待ち続けている。文化大革命が終結し、ようやく夫婦は再会を果たすのだが、ワンイーは心因性の記憶喪失になっており、愛する夫の顔が思い出せなくなっていた。

2014年公開の中国映画で、監督は国際的な評価も高いチャン・イーモウ。淡々と夫婦の深い愛情物語を綴ることで、文化大革命の悲劇を伝えている。

文化大革命の歴史や政治的な話はさておき。チャオ・ダオミンとコン・リーの演じる夫婦の愛は、“これぞ究極の愛”と言いたくなるような、無償の愛だ。恋愛という言葉では少々軽すぎる非常に深い愛について描かれており、先の展開が気になって仕方がないという物語性にも富んでいる。

妻のワンイーは、長年夫イエンシーの帰宅を待ち続けていたにも関わらず、いざ夫を目の前にすると、夫を別人とみなして追い払ってしまう。そうなってしまったのには悲しい理由があるのだが、イエンシーはまだそれを知らないので、懸命に妻の記憶を取り戻そうと様々な事を試みる。ワンイーは、娘や周囲の人々のことは認識できるのだが、イエンシーのことだけを忘れている。忘れるといっても、イエンシーの存在ははっきりと記憶しており、毎月5日になると、駅へ夫を迎えに行く。夫は自由の身となって帰っているのに、ワンイーにはイエンシーが夫と認識できないので、未だに帰らぬ夫を待ち続けているのだ。この設定が何とも切ない。

最終的にこの夫婦がどんな結末を迎えるのかは、ぜひ自分の目で確かめてほしい。チャン・ダオミンとコン・リーの演技も素晴らしく、悲しいけれど温もりのあるラブストーリーに仕上がっている。

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第10位 恋人たちの予感


20代前半で知り合ったサリーとハリーは、10年後に再会し、何でも本音で話せる親友となる。セックスをしないことで、2人は友達以上恋人未満の関係を維持していたが、ある日ついに一線を超えてしまう。

少々重た目の作品が多くなったので、最後はかなり気楽に楽しめる大人の恋愛映画を紹介したい。いわゆるロマンティック・コメディと呼ばれるジャンルの恋愛映画で、この設定をそのまま連続もののテレビドラマにできそうな内容だ。

最初に知り合った時、サリーとハリーはお互いのことを“いけ好かない奴だ”と思っている。無人島で2人きりになっても、こいつのことだけは好きにならないと思った経験はないだろうか?もしくは、全裸で一緒に寝ても、絶対に欲情しないと断言できるくらいタイプじゃない相手。まあ、そんな感じだ。

それが10年の時を経て再会してみると、“あれ、結構いい奴かも”に変化し、そこから親交を深めていくうち、“こんなに気の合う奴はいない”と思うようになる。彼氏や彼女のことに加えて、セックスについてまで本音トークできる異性というのは貴重だ。ここまできてしまうと、今更男女の関係になることが気恥ずかしいし、むしろもったいないような気がしてくる。セックス程度のことで、この関係を壊したくないと思うのだ。そんな2人がはずみでセックスしてしまってから、この物語はクライマックスへ突入していく。

そもそも最初にサリーとハリーがいがみ合った原因は、“男と女は友達になれるか”というテーマで意見が対立したことにある。その時ハリーは、“セックスが邪魔するので男女は友達にはなれない”と主張し、サリーは、“そんなことはない!”と猛反発した。果たして、どちらが正しかったのでしょうか。

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