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映画『最後の誘惑』のネタバレあらすじ結末と感想

映画『最後の誘惑』の概要:巨匠マーティン・スコセッシ監督が、十字架に張り付けにされることを恐れ、人として生きる誘惑に駆られる人間としてのイエス・キリストの姿を描く。公開当時にキリスト教団体による抗議活動が起きた問題作。

映画『最後の誘惑』の作品情報

最後の誘惑

製作年:1988年
上映時間:163分
ジャンル:ヒューマンドラマ、歴史、伝記
監督:マーティン・スコセッシ
キャスト:ウィレム・デフォー、ハーヴェイ・カイテル、ヴァーナ・ブルーム、バーバラ・ハーシー etc

映画『最後の誘惑』の登場人物(キャスト)

イエス(ウィレム・デフォー)
ナザレの大工として、ローマ軍のために十字架を作っている。神の啓示を受け、罪深き人々のために自らが犠牲となることを決意するが、人として生きる望みも捨てきれず葛藤する。
ユダ(ハーベイ・カイテル)
ユダヤの民を裏切っているとして、イエスを殺そうとするが、イエスの言葉を聞き、弟子として歩む道を選ぶ。イエスに頼まれて、あえてイエスの所在を密告する。
マグダラのマリア(バーバラ・ハーシー)
イエスの幼なじみで、娼婦として働いている。石打の刑に処されているところをイエスに助けられ、イエスの一行に加わることになる。
洗礼者ヨハネ(アンドレ・グレゴリー)
ユダヤの洗礼者で、イエスに洗礼を授ける。後に処刑されてしまう。
ペテロ(ヴィクター・アルゴ)
イエスの弟子。イエスが十字架に張り付けられる前に、イエスの仲間と疑われるが、イエスを知らないと否定してしまう。
ピラト総督(デヴィッド・ボウイ)
ローマ帝国の総督。イエスを十字架に張り付けるように命じた張本人。

映画『最後の誘惑』のネタバレあらすじ(ストーリー解説)

映画『最後の誘惑』のストーリー(あらすじ)を結末・ラストまでわかりやすく簡単に解説しています。この先、ネタバレを含んでいるためご注意ください。

映画『最後の誘惑』のあらすじ【起】

ローマ帝国に支配されているイスラエルで、人々は救世主が現れるのを待ちわびていた。ナザレのイエスは頭の中で神の声が聞こえることに悩まされており、神に逆らうつもりでローマ軍ために十字架を作っていた。そうしたイエスの行為に対し、ユダはローマ軍に協力していることをとがめ、マグダラのマリアはイエスにつばを吐きかける。

声に従うことにしたイエスは導かれるようにして、マグダラのマリアの元にやって来る。マグダラのマリアに許しを請うが、マリアはそれを拒む。

砂漠に向けて旅立ったイエスは、死者の精霊の導きを受け、砂漠の中の小屋にたどり着く。イエスはそこで、神の声を広めることが自分の使命と確信する。ある夜、ユダが現れて、イエスを殺そうとするが、イエスが自らの使命を語ると、ユダはイエスと共に歩むことを決める。

イエスとユダは、モーゼの掟を破ったとしてマグダラのマリアが村人から石を投げつけられているのを目撃する。イエスは、投石をやめさせ、村人たちに愛の尊さを説く。次第に人々はイエスの言葉に従い始めるようになる。

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映画『最後の誘惑』のあらすじ【承】

イエスは、ユダヤの洗礼者ヨハネを訪ね、洗礼を受ける。ヨハネは、迷いをぬぐいきれないイエスに対し、砂漠で神の声を聞くことを勧める。

イエスは単身、砂漠で祈り始める。ヘビやライオンが現れ、女や家庭、権力で誘惑しようとしてくる。全ての誘惑を払いのけ、悪魔にも打ち勝ったイエスは、ヨハネの精霊から救世主であることを告げられる。イエスは再び神の言葉を伝えるために戻ってくるが、そこでヨハネが殺されてしまったことを知る。

弟子の元に帰ってきたイエスは、悪魔に打ち勝つための戦いに加わるように呼びかける。イエスは失明者を治したり、水をワインに変えたり、死者を蘇らせたりと数々の奇跡を起こしていく。

エルサレムの寺院にたどり着いたイエスは、拝金主義がはびこり堕落した人々を見て、失望し、寺院が3日以内に破壊されると預言する。
イエスはユダに対し、夢の中で預言者から人々の犠牲として十字架に掛けられて自分が死ぬ運命だと告げられたことを明らかにする。

映画『最後の誘惑』のあらすじ【転】

イエスは再び弟子を連れて、寺院を目指す。エルサレムの人々はイエスのことを讃えて歓迎する。しかし、寺院を燃やそうとするイエスの前に寺兵が立ちはだかる。ユダに連れられて退いたイエスは、神の意志に従い、自分の所在を寺兵に密告するようにお願いする。裏切り行為をすることを受け入れられないユダは涙に暮れる。

弟子たちと共に最後の晩餐をするイエスは、パンを自分の体として、ワインを自分の血として分け合い、自分のことを思い出すように話す。ユダだけがこっそりとその場を後にする。神に祈っているイエスのもとにユダが寺兵を連れて戻ってくる。ペテロが兵士の耳を切ってしまうが、イエスはその耳を元に戻して、ユダに自分を案内するように頼む。

ピラト総督の前に連行されてきたイエスは、危険人物として、処刑されることになる。イエスは、殴られ、むち打ちにされ、イバラの冠を被らされる。ゴルゴダの丘に向かって十字架を背負って歩くイエスを、人々は嘲笑したり、罵ったりする。ゴルゴダの丘にたどり着いたイエスは、マグダラのマリアらが見守る前で十字架に張り付けにされる。

映画『最後の誘惑』の結末・ラスト(ネタバレ)

十字架上のイエスが神になぜ自分を見捨てたのかと問いかけると、突如として空が晴れ、小さな女の子の姿をした天使が現れる。天使は、全ては神の試練の一部だったと告げ、イバラの冠を外し、イエスを十字架から降ろす。天使はイエスに神に与えられた人生を楽しむように言い、緑に満ちた地上を案内する。そこに白装のマグダラのマリアが現れ、イエスと結婚する。

マグダラのマリアは、イエスの体から血を丁寧に拭き取り、2人は愛し合う。マグダラのマリアはイエスの子を身ごもるが神に召されてしまう。悲しみに暮れるイエスに、天使は、神を信じるように諭し、弟子だった別の女性を妻に迎えるように説得する。

月日は流れ、イエスは、子宝にも恵まれ、幸せな家庭を築くようになる。さらに時が経ち、死の床にあるイエスの元に、ペテロらかつての弟子達が訪れてくる。その中にはユダもいた。ユダは、十字架から逃れたイエスを裏切り者と罵る。イエスは、神の思し召しで人の道を歩んだと説明しようとするが、天使だと思っていた女の子が悪魔だったことを悟る。

自らの過ちに気付いたイエスは、炎に包まれたエルサレムで、神の許しを請う。すると、イエスは、再び十字架の上に戻され、そこで息絶える。

映画『最後の誘惑』の感想・評価・レビュー

聖書の世界に縁がない人にはやや難解な作品。しかし、イエスが人として生きる誘惑に悩まされていたという解釈や、ユダがイエスの頼みで裏切り行為を働いていたという設定は、非常に興味深く、より共感を呼ぶ。キリストを題材にしたメル・ギブソン監督の『パッション』やマーティン・スコセッシ監督が日本の隠れキリシタンを描いた『沈黙 サイレンス』などと見比べるとキリスト教に関する知識が広がってさらに楽しめる気がする。(MIHOシネマ編集部)


イエスが神の預言者としてでは無く、人間として生きる誘惑に惑わされていたと言う想像したこともなかった解釈の仕方に驚きました。イエスを演じていたのがウィレム・デフォーだったのもびっくりしましたが、彼の無骨で芯の強そうな感じが、強い人でも惑わされてしまうという本能をリアルに表現していて、とても面白い作品でした。
一つの作品としてとても楽しめましたが、新約聖書を深く理解していると色々な考え方をしながら見られるのではないかなと感じました。(女性 30代)

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