イタリア映画のおすすめランキング10選 | MIHOシネマ

イタリア映画のおすすめランキング10選

イタリア映画の歴史は古い。そのため、名作と呼ばれる作品も数多く存在する。その全てを紹介することは不可能なので、今回は50年代から近年までの作品を集め、それを年代順に並べてみた。順位は作品の出来とは関係ないので、イタリア映画の流れを知る感覚で順番に読んでいただきたい。

イタリア映画のおすすめランキング10選

第1位 ウンベルトD


1951年に公開されたこの作品は、ヴィットリオ・デ・シーカ監督によって作られた。ヴィットリオ・デ・シーカ監督といえば、『自転車泥棒』(48)や『ひまわり』(70)が有名だが、自分の父親に捧げたとされるこの作品も、ネオリアリズムの真骨頂が見られる名作だ。

舞台は1950年前後のローマで、ウンベルトたち年金受給者は、年金の引き上げを求めてデモ行進をしている。ウンベルトは30年間公務員としてまじめに働いてきたのに、まともな生活もできないほど困窮している。しかし政府は、ウンベルトのような社会的弱者を救おうとはしてくれない。アパートの女主人も自分のことしか考えておらず、ウンベルトを追い出すために「滞納した家賃をまとめて全額払え」と無理なことを言ってくる。身寄りのないウンベルトを気遣ってくれるのは、同じ貧困者のマリアと愛犬のフライクだけ。ウンベルトは生きることに疲れ果てていく。

ヴィットリオ・デ・シーカ監督は、生きることの不条理さを描くのが非常にうまい。『自転車泥棒』もそうだが、主人公は何も特別なことをしようとしているわけではない。『自転車泥棒』の主人公は、仕事を続けるために必要な自転車を盗まれ、それを取り戻そうと奔走する。そしてこの『ウンベルトD』の主人公は、滞納した家賃を払うために奔走し、最後は物乞いをすることまで考える。しかし人間の尊厳を捨てることができず、住まいを失う。彼らは生きるために必要な最小限のことしか望んでいないのに、それさえも叶わない。ヴィットリオ・デ・シーカ監督は、この不条理を淡々と描き、観客に考えさせる。「彼らを救うにはどうすればいいのか?」と。

これは70年近く前のイタリアの話だが、日本の将来を描いたような作品でもある。高齢化社会がもっと進み、年金の支給が間に合わなくなった時、日本はウンベルトのような悲しい老人で溢れかえることだろう。その時がくる前に、私たちは解決策を見つけられているだろうか。

詳細 ウンベルトD

第2位 甘い生活


イタリア映画といえば、フェデリコ・フェリーニ監督の作品を外すわけにはいかない。フェリーニ監督の作品なら、『』(54)や『8 1/2』(63)を思い出す人が多いと思うが、1960年に公開されたこの作品も、かなりメジャーな彼の代表作だ。

物語の舞台は1950年代後半のローマ。主人公はマルチェロというゴシップ記事専門の記者。マルチェロは作家志望だったが、退廃的な生活の中で堕落し、セレブとつるんで夜遊びばかりしている。そんなマルチェロの周囲に、地に足のついた生活をしている人間はいない。唯一幸せな家庭を築いていた友人も、平和な日々に恐怖を感じ、自らその生活を破壊してしまう。

「退廃的な生活」というのが具体的にどういうものか知りたければ、この作品を見るといい。マルチェロ自身もそうなのだが、彼を取り巻くセレブたちの腐敗ぶりは、見ているだけでぐったりと疲れてくる。贅沢な暮らしと狂乱の宴の陰には、顔をしかめたくなるような人間の腐敗臭が漂っている。もちろん映像作品なので臭いがするわけではないが、それを感じさせるのがフェリーニ監督の演出のうまさなのだろう。

フェリーニ監督は、一見甘い生活が、いかに虚しくてつまらないものかを描いている。マルチェロたちの日々には底なし沼のような虚しさがつきまとう。それを忘れるために今宵も狂乱の宴を開き、ますますその沼から抜け出せなくなっていく。絶望的だ。

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第3位 暗殺の森


第60回アカデミー賞で作品賞と監督賞を含む9部門を受賞した『ラストエンペラー』(87)で知られるベルナルド・ベルトルッチ監督作品。1970年にイタリア・フランス・西ドイツの合作映画として公開され、ベルトルッチ監督の出世作となった。

物語は第二次世界大戦直前のイタリアから始まる。主人公はセレブ女性との結婚を控えたマルチェロという哲学講師。マルチェロは、少年時代に同性愛者から性的虐待を受け、相手を射殺してしまったと思い込んでいる。さらに母親は若い愛人を欠かさない薬物中毒者、父親は精神病院に入院中という家庭に育ったため、普通でありたいと願っている。彼は普通であるために結婚を決め、当時の社会情勢に迎合してファシストになる。

マルチェロはずっと自分を「異常な人間だ」と思い込んで苦悩しているのだが、実は多くの大衆と同じ精神構造をした普通の人間だ。マルチェロは俗物的なナルシストで、常に図太く生き残る道を探している。そういう自分の中身のなさを認めるのが嫌で、「普通になりたいんだ」などとキザのことを言っているに過ぎない。物語が進んでいくと、マルチェロの化けの皮がどんどん剥がれていく。

マルチェロを演じているのはジャン=ルイ・トランティニャンで、何を考えているのかよくわからないこの役にぴったり。ベルナルド・ベルトルッチ監督は、わざと難解な脚本を書き、思わせぶりな演出をして、観客を煙に巻こうとしている。ところがよくよく考えてみると、話も別に複雑ではなく、マルチェロという人物も非常に薄っぺらい。そこがこの作品の皮肉の効いた面白いところ。当時、多くのイタリア国民が熱狂的に支持したファスズムも、マルチェロ同様、中身のない浅はかな思想だったということだろう。

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第4位 特別な一日


1938年、ローマではヒトラーを歓迎するための盛大な式典が開かれていた。ほとんどの市民が式典に参加する中、専業主婦のアントニエッタと失業中のガブリエーレは、同じ団地内に残っていた。その日、アントニエッタの九官鳥が逃げたことで2人は出会い、特別な一日を過ごす。

1977年に公開されたこの作品は、とても不思議なラブストーリーだ。ソフィア・ローレンの演じるアントニエッタは、6人の子供がいる多忙な主婦。そしてマルチェロ・マストロヤンニの演じるガブリエーレは現在失業中で、ある深刻な悩みを抱えている。実は彼は同性愛者で、ファシスト政権から弾圧を受けている。そのため、今夜の船でサルディーニャへ島流しになることが決まっていたのだ。彼はこの状況に絶望し、自殺を図ろうとしていた。そこへアントニエッタが突然訪ねてくる。自由でいられる最後の一日を誰かと過ごしたかったガブリエーレは、アントニエッタに救いを求める。そして、夫にこき使われ、日々の生活に疲れ切っていたアントニエッタも、自分を紳士的に扱ってくれるガブリエーレに惹かれていく。

マルチェロ・マストロヤンニは、女性を愛することはできないが、アントニエッタには何かしらの愛情を感じているという複雑なガブリエーレの心情を繊細に表現している。マストロヤンニは非常にさりげなく、同性愛者っぽい仕草をする。その仕草があまりに自然なので、ガブリエーレが同性愛者だということに、気づかない人も多いのではないだろうか。そして、生活疲れした主婦を演じたソフィア・ローレンの芝居が、マストロヤンニを超える素晴らしさ。本作はずっと2人芝居のような構成になっているのだが、2人の息のあった演技とエットーレ・スコラ監督の演出のうまさが際立っており、鑑賞後の満足度は満点に近い。2人のコンビでは『ひまわり』(70)の方が圧倒的に有名だが、2人の芝居を堪能するにはこの作品の方がむしろおすすめ。美術や映像センスも非常にイタリアっぽい雰囲気のある映画なので、イタリア映画好きならば1度は見ておきたい。

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第5位 ニュー・シネマ・パラダイス


1988年に公開されたこの作品は、まだ30代前半だったジョゼッペ・トルナトーレ監督の実力を、世界中に知らしめた名作。長編映画2作目にして代表作とも言える作品を作り上げたトルナトーレ監督は、『海の上のピアニスト』(98)でも、世界中で高い評価を得ている。

イタリア映画に馴染みが薄くても、この作品は知っているという人が多いのではないだろうか。第二次世界大戦時のシチリア島で、映画の魅力にとりつかれた少年トトは、村で唯一の映写技師であるアルフレードと、年齢差を超えた友情を育んでいく。

この作品は、少年時代に映画と出会い、その後映画人として成功するトトの半生を描いている。その長い時間経過の中で、強く印象に残るのは、少年のトトとアルフレードの微笑ましい交流を描いた前半部分と、アルフレードの訃報を知り、トトが久しぶりに故郷へ帰ってくる後半部分だ。

トトが子供だった頃、村人たちは教会で上映される映画を何よりの楽しみにしており、教会内は常に満員の観客で賑わっている。人々は映画の内容に一喜一憂し、大騒ぎして映画を楽しむ。こういうシーンに、トルナトーレ監督の深い映画愛を感じるのだ。大きな瞳を輝かせて、スクリーンに見入っているトトの姿は、現在世界中で活躍している多くの映画人たちの幼少期を彷彿とさせる。みんな、こんな風にして映画と出会い、その世界に魅せられ、映画を作る人になっていったのだろう。

そして、師匠とも言えるアルフレードの存在が、トトの人生を大きく変えていく。ローマへ出て、映画人として忙しい日々を送っていたトトは、長らくアルフレードと会っていなかった。しかしアルフレードは片時もトトのことを忘れず、彼に最高の贈り物を残してくれていた。エンニオ・モリコーネ作曲の美しい主題歌が流れるこの映画のラストシーンは、映画を愛する全ての人の胸を揺さぶる。

詳細 ニュー・シネマ・パラダイス

第6位 イル・ポスティーノ


1994年に公開されたこの映画は、イタリア出身の俳優マッシモ・トロイージの代表作であり、遺作となってしまった作品。監督はイギリス出身のマイケル・ラドフォードで、この作品が出世作となった。

物語の舞台は1950年代のイタリアの小さな島。そこで漁師の父親と退屈な日々を送っていたマリオは、チリから亡命してきた高名な詩人であるパブロ専属の郵便配達員となる。マリオは、パブロと出会って初めて彼の詩を読み、詩人が紡ぎ出す言葉の力に感動する。パブロも純朴なマリオを気に入り、2人は友人となって様々なことを語り合うようになっていく。

マリオはパブロに詩人の心を教わり、何もないと思っていた故郷の島や自分の人生にも、すてきなものがたくさんあることに気づく。波の音、風の音、満天の星空、そして生まれてくる我が子の鼓動。パブロがチリへ帰ってしまい、マリオは光を失ったような気持ちになっていたが、ある日、自分にもパブロと同じ詩人の心があることに気づく。詩人の心とは、つまり「この世界を愛する心」と言っていいかもしれない。

私は、この映画を見ると、いつも胸がいっぱいになる。生きる喜びとは、美しいものを美しいと感じ、そして愛することなのだということに改めて気づかされる。また、こういう映画と出会うと、生きている喜びを感じるのだ。

詳細 イル・ポスティーノ

第7位 もうひとつの世界


捨てられた赤ちゃんを保護したことで母性に目覚め、人生を神に捧げる生き方に迷いを感じ始めた修道女。赤ちゃんの親を探す修道女と出会い、人を愛する気持ちを思い出していく孤独なクリーニング店店主。赤ちゃんを捨て、新しい生活を始めようとしているウェイトレスなど、赤ちゃんを通して知り合った人々が、それまでの人生を見つめ直していくヒューマンドラマ。

ジュゼッペ・ピッチョーニ監督による1998年公開のイタリア映画。1999年のダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(イタリアのアカデミー賞的な賞)では、作品賞・主演女優賞・プロデューサー賞・脚本賞・編集賞を受賞し、他にも国内外の映画賞を数多く受賞している作品。

主人公は11ヶ月後に終生誓願(一生を神に捧げるという儀式)を控えた修道女のカテリーナ。カテリーナにどんな事情があって、修道女になったのかは詳しく語られないが、彼女は美人で頭のいい魅力的な女性だ。修道女になる前は、男性との恋愛経験もあったようなので、結婚して子供を産む人生も十分に考えられたはず。だからこそ彼女は苦しんでいる。終生誓願をすれば、女性の幸せを求めることは一生許されない。恋愛も結婚も出産も全てあきらめ、一生神に尽くすのだ。どれだけ信仰心があっても、これは女性として寂しいことだろう。そんなカテリーナが赤ちゃんを抱きしめ、その寂しさを実感していく。そのカテリーナの葛藤に、クリーニング店店主も巻き込まれ、2人はもうひとつの生き方を考えるようになる。このカテリーナの葛藤はとてもリアルで、共感せずにはいられない。

さらにこの作品は、演出や脚本のうまさに加えて、キャスティングがとてもいい。特にカテリーナを演じたマルゲリータ・ブイの凛とした美しさは、強く印象に残る。

詳細 もうひとつの世界

第8位 ボローニャの夕暮れ


2008年に公開されたイタリア映画で、ベテランのプピ・アヴァティ監督の作品。日本ではそれほどメジャーな監督ではないが、本国のイタリアでは巨匠とされる監督で、自ら脚本を手がけたヒューマンドラマに定評がある。

物語の舞台は1938年のイタリアのボローニャ。主人公は高校で美術教師をしているミケーレという中年男性。ミケーレは、17歳になる娘のジョヴァンナと美しい妻のデリアと、平凡に慎ましく暮らしている。そんなある日、ジョヴァンナが自分のボーイフレンドを奪った同級生を殺してしまい、ミケーレの生活は一変する。この事件をきっかけに、ほとんどのことが変わってしまうが、ジョヴァンナに対するミケーレの無償の愛だけは、何があっても変わらない。

ジョヴァンナは、もともと精神的に不安定な少女で、学校でも浮いた存在だった。ミケーレはそんな娘のことを心配し、娘の恋を後押しする。結果的にその行為が裏目に出てしまい、ジョヴァンナは同級生の少女を殺してしまう。ジョヴァンナは悲しいほどに純粋で、ずっと痛ましい。ミケーレはそんなジョヴァンナの唯一の味方であり続ける。ミケーレの愛情は、海のように広くて深い。

この作品の1番の見所は、ミケーレを演じたシルヴィオ・オルランドと、ジョヴァンナを演じたアルバ・ロルヴァケルの迫真の演技だ。シルヴィオ・オルランドの出演作は何本か見ていたが、アルバ・ロルヴァケルの存在は、この作品で初めて知った。それにしても彼女の存在感はすごい。彼女がジョヴァンナを演じることで、心を病んだジョヴァンナの痛ましさが何倍にもなって伝わってくる。特に精神病院での演技はあまりにリアルで、自然と涙がこぼれた。彼女の活躍には、これからも期待したい。

詳細 ボローニャの夕暮れ

第9位 ゴモラ


2008年に公開されたこの問題作は、マッテオ・ガローネ監督の出世作となり、その過激な内容が世界中で波紋を呼んだ。

この作品で描かれているのは、カモッラと呼ばれる巨大犯罪組織の実像。カモッラは、イタリアのナポリを拠点とする大規模な犯罪組織で、従来のマフィアと違い、女子供にも容赦ない冷酷非道な犯罪集団として知られている。原作はロベルト・サヴィアーノの『死都ゴモラ』で、サヴィアーノはカモッラから脅迫され、警察の身辺警護を受けつつ、海外に身を隠しているらしい。

数多くのマフィア映画を見てきたが、これほど虚しい気持ちにさせられる映画も珍しい。組織の構成員とその家族が暮らす巨大な団地全体が、暴力に支配された荒んだ刑務所のようだ。子供たちは銃声の中で育ち、生き延びるために組織へ入ることを望むようになる。どうしようもない悪循環で組織は巨大化し、犠牲者は増えていく。

リオのスラム街を舞台にしたフェルナンド・メイレレス監督の『シティ・オブ・ゴッド』(02)で、小さな子供が銃を持っている姿にも衝撃を受けたが、こちらの方がもっと酷い。組織の人間は、自分たちの保身と金儲けにしか興味がなく、子供の命などなんとも思っていない。とにかく残酷。

物語は、いくつかのエピソードが交錯する群像劇のような形式を取り、犯罪組織の様々な側面を暴き出していく。組織同士の抗争に巻き込まれていく家族や子供たち、産廃ビジネスの残酷な現実、不良少年たちの悲惨な末路など、どれもこれも嫌な話だ。嫌な話ではあるが、この映画に関わった人たちが、組織の暴力に屈せず、イタリアの闇を暴き出したことは高く評価したい。そういう意味では、とても意欲的な作品だ。

詳細 ゴモラ

第10位 グレート・ビューティー 追憶のローマ


2004年に公開された『愛の果てへの旅』でカンヌ国際映画祭のパルムドール候補となり、世界から注目されるようになったイタリアの鬼才パオロ・ソレンティーノ監督が、2013年に発表した作品がこの『グレート・ビューティー 追憶のローマ』。第86回アカデミー賞最優秀外国語映画賞受賞作で、他にも第71回ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞、第67回英国アカデミー賞最優秀外国語映画賞、2013年ヨーロッパ映画賞の最優秀作品賞・監督賞・主演男優賞・編集賞を受賞している。

舞台は現在のローマ。ジェーナリストのジェップは、ローマのセレブ界でも有名な大金持ちの遊び人。彼は40年前に書いた小説で大きな成功を収め、金と名誉を手に入れた。しかしその後は小説を書かず、仲間たちと乱痴気騒ぎに明け暮れる日々を送っている。そんなジェップも65歳になり、自分の人生を見つめ直し始める。その大きなきっかけとなったのは、今でも忘れられない初恋の女性が亡くなったという知らせだった。

先に紹介したフェデリコ・フェリーニ監督の『甘い生活』や『8 1/2』を彷彿とさせる世界観を持った作品で、話がわかりづらいと感じる人も多いかもしれない。しかし、この作品は頭で理解することより、五感を通して感じることが重要なのではないだろうか。作品を通して主人公のジェップと一緒に虚無を体感し、まやかしと本物の違いはどこにあるのかを感じ取る。「無」の中を彷徨いながら、ジェップが求め続ける「大いなる美」を探す旅をしているような感覚だ。

スタイリッシュな映像と音楽の中に、これまたスタイリッシュなトニ・セルヴィッロがいる。彼は本当に絵になる役者で、どんな映像にも映える。何をやらせても、いちいちかっこいい。かっこいいだけではなく、その演技には深みがあり、とてもいい表情をする。ソレンティーノ監督とトニ・セルヴィッロの活躍には、これからも大いに注目していきたい。

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